ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどと誰にも言わせまい。
「旅にまっとうなものはひとつしかない。それは、人間に向かって進んでいくものだ。それがオデュッセウスの旅なのだ。僕が無駄に古典の勉強をしていたのでなかったのなら、そんなことはわかっていて当然だったのに。そしてこの旅はもちろん帰還することで終わる。旅の価値はその最後の日に決まる。」
ーポール・ニザン『アデン・アラビア』より
僕に言葉の持つ真の美しさを教えてくれた師の一人がポール・ニザンだ。
そして、十九歳の人生をやり直すことで懸命だった頃、僕を支え、鼓舞してくれたのはアデン・アラビアだった。
この美しい本は、青春の屈折した感情を実に上手くすくい取り、僕たちに指先からこぼれ落ちる滴のように、煌めいて見せてくれた。
観念と詩とリアルが同居するあの青春の日々。
その時代に、この書物と出逢えて、僕は幸運だったと思う。
成人式に出る必要もないと結論づけたのも、まさにこの本の影響。
僕は二十歳を美しく彩ることを拒絶し、全てを諦めて、浪人していたのだ。
その惨めな暮らしの中で、腹を減らしながら読んだ言葉は、僕を更に一日生かしてくれたのだと思う。
飯が食えなくても、人は生きることができる。
勿論数日間ぐらいは。
ただ、生きた言葉がなければ、僕らは生きながら死に果てる。
ニザンの言う「旅」とは、人生だ。
人生の価値は、その最後の日に決まる。
青春とは、死を想うことなんだ。
死を想うことなしに、二十代を過ごすことがあるとすれば、それは青春を生きていることにはならないんだ。
逆に、死を想いながら生きる八十代は、見事な青春を生きているのかもしれない。
アデン・アラビアは光を屈折させる、一種のプリズムだったんじゃないかな。
全ての常識的価値観の転倒。
彼自身が、共産党員から、やがて脱退、そしてオードリュイクで戦死という三十五歳の短い生涯を選んだ。
イデオロギーに対する絶望感とそれを乗り越えようとする希望。
人は自分の選び取った人生しか生きることができない、というのが僕の二十歳の頃のこの本に対する感想だったような気がする。
決して忘れることのない一冊です。
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