2009年10月30日金曜日

Time☆Warp


ロックミュージカルといえば、「ジーザス・クライスト・スーパースター」とか「トミー」なんかがすぐに浮かんでしまいます。

が、僕の中ではなんといっても「ロッキー・ホラー・ショー」。
原題は『The Rocky Horror Picture Show』でしたが、映画バージョンがカルト的にヒットし、舞台が創られたんだな。
日本では、竹邑類さんが演出なさった八十年代の舞台があまりにも有名です。

なにしろ、徹底的にナンセンスですが、音楽がパーフェクト!
どの曲も、捨てる曲がない、見事なロックっぷり!に呆然としたのを覚えています。
僕も初期の頃、ずいぶんいろいろとロック系のミュージカルに出演していましたが、この作品はぜひ舞台に乗せたいと思うほど、忘れられないインパクトを与えられた作品です。

ロックの持つ禍々しさと怪しさ、そして面白さとノリ。
この全ての要素を、この作品は持っている。
内容がカラッポというのもよく耳にしますが、これだけ名曲と楽しさに溢れていれば、意味ありげなストーリーを語るドラマより、ショーの楽しさを取りたくなる。そんな作品だった。

音楽を愛する人間達が、特にロックを愛する人間達が創り上げた傑作だよ。
そして、今もなおこれはロック・ミュージカルの快作にして怪作だ!

物語の初期の場面から、
Time Warp


そして、ミートローフ演ずるバイク乗り怪物「エディー」の曲、
Meat Loaf - What Ever Happened to Saturday Night (hot patootie) lyrics

雷に打たれて☆

しかし、いつ聴いてもAC/DCは最高だな☆

たとえメンバーが変わってもアンガス・ヤングのギターと相変わらずの衣装は健在です。

「あっか・だっか」と知り合いのオーストラリア人たちは、まるで東北弁みたいな感じで呼んでたけど、僕にとっては永遠のAC/DCだね。

不変のロックバンドのひとつです。

今日は、彼らの「Thunderstruck」を聴いて仕事に燃えるぜ☆☆☆
しかも、ライブだぜ!!!

AC/DC - Thunderstruck (Live At Donnington) High Quality!!!

2009年10月29日木曜日

水面の光

昼間のお堀の風景☆
そこに太陽が輝いています。

都会のど真ん中に、こんな穏やかな景色があるんです。当たり前だけど。


すぐ近くが神楽坂。
このすぐ真下に釣り堀。


いつもは電車からただ眺めている風景ですが、今日はその一部になってみました。


ちょっとまた東京を違う目で見られるかな。

☆上野火山☆

2009年10月28日水曜日

昨日、今日、明日

夕暮れはどこか儚い感じがするけれど、でも明日へ続く時間でもありますね。


今日も素晴らしく良い天気で、実に気持ちが良いのですが、夕方は気温も下がり、秋の深まりを感じることでしょう。

もうすぐ紅葉して、落葉が始まり、冬へ。


その意味では、秋は、季節のなかでも夕方の時間帯かな?

春は朝、夏は昼、秋は夕方、冬は夜。

そんな風に勝手なイメージを持っていますが。


夕方の光はカクテルグラスのようで、夕陽倶楽部のメンバーではありますが、ただのオレンジや赤ではない複雑な夕方のカクテルライトが好きですね。ほんと。青のような紫のような赤。時間は色の変化でもあるんだな。


昨日、今日、明日。

光が変化するように、人生もいろいろな色に変化します。

頑なな心は、昨日、今日、明日を本当に味わうことを妨げる。

だから、

柔らかく、周囲の変化に敏感に生きていきたいと思います。

今日の夕方の光は、いったいどんな色をしてるんだろう?

楽しみです。。。



☆上野火山☆

2009年10月27日火曜日

天に咲く花

沖縄の音楽が好きです☆

あの青い海と空の下で、何度も何度も惨いことが繰り返され、それは実際今も変わらない。
むしろかつてよりも見えにくくなっているだけかもしれない。

またもや台風が去り、久々に晴れた青い空を満喫している今日。
僕は現代版の、つまりはHipHop系の「てぃんさぐぬ花 」を見つけた。

原曲とはまた違った今に繋がる良さがこのアレンジにはあります。
時代は確かに変わり、時はめぐっても、それでもなお変わらぬものが確かにある。
音楽も芝居も物語も、実はそんなに調子のいいもんじゃない。
むしろ、じっくりと「過去」と「今」と向き合うこと。
そこから「明日」が生まれてくるんだよ。
「過去」は複雑だ。
「今」は見えにくい。

でもな、
明日は芽はそんなところに顔をだすんだよ。
てぃんさぐぬ花 の芽は、もう目の前にあるのさ。
それを見ようとするかしないかで、明日は変わるんだ。
だって、人生は、
旅だもんな。

TINSAGUNU HANA てぃんさぐぬ花 --PV--  bleür

2009年10月26日月曜日

雨の日の銭湯

うちの近所に、こんな銭湯があるなんて、今まで知りませんでした。


でも、立派な銭湯☆
煙突もかなり立派。


いったい僕はどこに目をつけてるんだ?もっと上を向いて歩こう!


そして今度ここへひとっ風呂浴びにこよう!

☆上野火山☆

日本のWeezerかも

PinkLoopという三人のバンドは、ひょっとしたら日本のWeezerかも、などと妄想してみる。

どこか似た感じがするのは気のせいですか?

似てる、というより世界観が近いような気がします。結成して八年ぐらいになるようですが、メンバーチェンジもあり、いろいろあっても、メロディアスなロックという姿勢は変わりません。


僕は好きだな、このバンド☆

PINKLOOP- WHAT YOU WANT


PINKLOOP 「More Than Now」

観てきたよ☆

映画『私のなかの8ミリ』舞台挨拶&トーク:大鶴義丹さんと高杉瑞穂君


とてもとても愛すべき映画に仕上がっていました!


主人公の女性の「後悔」の物語。

でも、幻影のように彼女と旅をするかつての恋人に前へ進むことを教えられる。

旅が自分自身に対するレクイエム(鎮魂歌)になり、別れは明日への路となる。

後悔が、やがて希望になる瞬間を静かに見つめる物語。

静かな左側に海を見ながら走る日本海側の風景と、巨大な風力発電の風車が回る風景、そして緑のなかを二台のバイクが走る。

とてもリリカルな物語を映像がバックアップしてる、そんな感じがしました。


出演者とスタッフとがとても息があって楽しんで制作している様子が見えました。

それも、この映画の持つ雰囲気の良さかもしれません。


上映前に監督の大鶴義丹さんと主演の高杉瑞穂君とちょっとお喋り。

お二人とも和気藹々として、映画作りがほんとに楽しかったんだなぁと感じさせてもらいました。

終了後のトークでは三十分以上に渡って、裏話や映画やドラマに対する意識や姿勢などを語ってくれました。

その中で、印象に残った一言は、お二人がそれぞれの言葉で述べた「映画はテレビより舞台に近い」ということ。

僕も同感です。

映画は劇場で上映されるもの。テレビも良いけれど、テレビの立ち読み感覚は映画や舞台にはありません。時間限定で客席にお金を払って拘束される映画や舞台は観る側にも、ある種の覚悟と責任を問うことになります。恐らく、そうやってはじめて集中した「観劇」という行為が生まれるのでしょう。無意識にテレビも映画も舞台も、すべて同じ芸能だろうと思ってしまうかもしれませんが、実はジャンルが違えば全く異なった表現媒体(メディア)なのだと思います。

そんなメディア論もお二人は語ってくれました。

まったく同感だな。


そして、大鶴義丹さんが自分の仕事を「芸能」ではなく「芸ごと」と呼びたいと仰いましたが、それもいい表現だな、と思いました。


さわやかな映画と有意義なお話し。

とても意味のある二時間を過ごせました。


お二人ともありがとう!!!

☆上野火山☆

「私のなかの8ミリ」の音楽を担当された望月衛介さんの音楽を一曲☆
望月衛介/DIVE INTO THE PAST TIME

2009年10月25日日曜日

私のなかの8ミリ

『私のなかの8ミリ』2009

友人の俳優、高杉瑞穂君主演の『私のなかの8ミリ』の上映会が開かれます。

もしお時間がありましたら、どうぞご覧下さい☆

僕は今夜19:30の回に顔を出す予定です。

とっても素敵な映画のようです。また感想はあらためて書きますが、予告編を見ると映画とバイクの大好きな僕の心を刺激してやまないハートウォーミングな場面が垣間見られます。

監督は大鶴義丹さん、撮影監督は桐島ローランドさんでお送りするバイク・ロードムービーです。

今日は上映会二日目です。
場所は、東村山富士見公民館。最寄りの駅は西武新宿線「久米川駅」。
時間は1回目が17:00、2回目が19:30開始です。
上映後、高杉君と大鶴さんのトークショーもあるみたいですよ☆

高杉君、期待してるよ!!

佐々木隆夫君の「唐ゼミ」舞台共々、よろしく願いします!


映画「私のなかの8ミリ」予告編

アレンジ

同じ音楽がアレンジを変えることで全く別ものになることがあります。

骨格が確かに変わることがないのに、アレンジは存在の仕方を変えてしまう力があります。

生き方にしても、根本的には生まれて三歳ぐらいからほとんど変化していないのが現状でしょう。変化するのは外側の社会的外面性であって、内包する人間性はほとんど変化していない。
だとすれば、自分自身を如何にアレンジするかで、人生の在り方も変わってくるのでは?と思う今日この頃であります。

最近、裁判の行われた薬物で逮捕された俳優(実際俳優とは呼びたくもありませんが)が、その反社会的な風貌から、デビュー当時プロダクションで第二の「松田優作」をめざそうということになった、という話を耳にしました。ふざけたことを言うなよ。初期の訓練もまともにやらず、売れることばかり気にしていたその俳優は、結局真の「地味」な努力をすることもなく、身を持ち崩していった。どんな生き方でもその人間の自由なのですが、自分自身の人生を如何にアレンジするかで、その後の在り方が変わる例ではないでしょうか。まがりなりにも松田優作は、自ら脚本を書こうとしていたし、たえず自分を変えようと必死だった。ギラギラした不良などという外見の虚像とは全く違ったストイックな、学び成長しようとする姿勢があった。例えば、松田優作と先になくなった俳優・金子正次との関係に、そんな部分が垣間見えるんだな。それは時代の違いなのかもしれないけれど、一見似ているようで、この裁判沙汰を起こした俳優と松田優作という俳優の在り方は全く異なっているのです。松田優作自身もいろいろな事件を起こしたにもかかわらず、です。

だから、アレンジ。
とても重要なことだと思います。人に従うというよりも、自分の可能性を切り開くために、アレンジを重ねて生きたいと思うんです。
どこで途切れるかわからぬこの人生で、変化し、前へ進もうとする以外に路はあるのだろうか?

1988年の泉谷しげるさんの「春夏秋冬」はそれ以前のアレンジとは全く違って衝撃的でした。
いくつもアレンジのバージョンがある中で、このアレンジは特に好きです。
ギターの音が風のように舞っています。
金や権力とは全く異質の、人生の意味を、風のように感じたい。

泉谷しげる&LOSER - 春夏秋冬

2009年10月24日土曜日

ストレート☆

たまにはこんな直球もいいかもしれない。

世界が元気をなくしかけている今、こんなストレートな曲もいいかもしれない。

「明日へ」か。

この際、コマーシャリズムの問題は脇へ置き、PVの中山選手の演技に注目しよう。

過去の自分と、再会するこのシンプルな物語は、誰もがどこかで思い当たる「自己との邂逅」を扱っています。
自分自身と再会すること。
もし、僕らに明日があるとしたら、自分と向き合うしかありません。
そして、過去の自分と不意に再会することができたなら、僕らは、もう一度前へ走り出すことができるでしょう。

だからこそ、今が大事なんだ。
「今」は明日の過去だから。
「今」が明日へのヒントになるのだから。
「今の自分」が「明日の自分」を勇気づけるのだから。

あらららら〜…(泣)

今朝、ベランダに出てびっくり!
「星のかんさつ☆足のおきば」に「月のかんさつ」が加わり、その周囲に「観察日記」が出現!!

まるでミステリーサークルだッ!

どこまで広がるんだろうか????

一応、我が家のベランダなんすけど。。。。トホホ。。。。。


☆上野火山☆

2009年10月23日金曜日

夢の中へ

劇団のブログにもかつて書いたのですが、僕は井上陽水さんの「夢の中へ」が大好きです。

中学の時に観た、西武線沿線の高校生を描いた「放課後」という映画が好きだったせいもあるかもしれません。
その映画には「いつの間にか少女は」など、忘れられない初期の井上陽水の世界がありました。
その頃は、まだ東京は遠くにあって、手の届かない、未来そのものでした。

決して明るさばかりを期待したわけではなく、むしろ、東京に出たら大変だろうなぁ~などと田舎に暮らす僕は思っていました。
中学生の僕から見て、映画「放課後」に出てくるような洒落た高校生なんか田舎にいるはずもなく、やっぱり東京は「垢抜けてんだわ」なんて友達と深~く語り合ったりしていました。

そして今はもう東京に暮らして三十年を越えてしまいました。

あの遠かった東京という「夢」の中へ入り込み、今もなお悪戦苦闘し続けている。
まだまだ続くぜ!夢の中へ!
ますます、入り込みたいと思います。
今日も、夕方から少し青空が見えてきたけど、うん、夢の中へ行ってみましょうか☆☆☆

井上陽水 - 夢の中へ RIJF2007
このバージョン、ギターとキーボード、そしてドラムが見事にうねりまくってます☆サイコー!!
名曲は決して古びることはない☆

ボクとフリオと校庭で

現在、大忙しで様々新作の準備等を重ねています。

いずれ詳しいことをお伝えできると思いますが、「空中スケッチ」らしいHumann Dramaをご提供できるようますます意識を高めていきたいと思っています。

昨日、学生達相手に講義しておりましたが、その中で、今のこの時代がなんとも言えない「悪意」に満ちているにもかかわらず、上演されている舞台のその多くが「人間の闇の部分」であるとか「人間の本質の醜さ」であるとか、観る人間を「悪意」の方へ引っ張り込む感じがあります。
もちろん、すべてがそんな作品ばかりであるはずもありませんが、社会や時代の状況の暗さを殊更強調するそのやり口を、僕は「体制への迎合」と呼びます。

つまり、演劇を通じて、この時代の空気である「悪辣さ」を肯定し、「順応せよ」と迫る、そのやり口に我慢がならないのです。特にリアリズムを名乗る、もしくはドキュメンタリー・ドラマなどと呼ばれているものの中に、こうした「悪意」を感じます。
先日、亡くなった加藤和彦さんが残された言葉で印象深いのは、「今は、音楽が必要とされない時代になってしまった・・・」という言葉です。
世の中は音楽データが溢れ、消費される楽曲は無数にありますが、実際は「音楽は、今、必要とされなくなっている」んじゃないでしょうか。実際、こういうところにも、僕は悪意を感じるのです。

僕自身、「空中スケッチ」を通じ、リアリズム演劇をめざしているのですが、今世の中に溢れる「悪意のドラマ」とは無縁であります。

心穏やかに生きていきたいものです。
そして、明日の道筋はわからなくても、焦ることなく、慌てることなく、自分と自分のかかわる人間達を信じることのできる「奇跡」を見出したいと思います。
この悪意の時代にあって、真の「優しさ」は「厳しさ」であり、同時に「奇跡」そのものなのかもしれません。

悪意は確かに存在しますが、それを乗り越えようとするドラマを僕は見つめていきたいと考えています。
昔、聴いたポール・サイモンの「僕とフリオと校庭で」を見つけて聴きました。
いいんだなぁ。
なにかしら、今失われているものを感じるのですが。

星のかんさつ☆

わが家のベランダに見つけた『星のかんさつ☆足おきば』

毎晩、ここに立って、夜空を見てるんだって。


さっきそこに立って空を見た。


今日は曇り空。青い空は見えないけれど、あの雲の向こうに、きっと青空はあって、その向こうに星が輝いているはず☆


このチョークの足場が気に入っちゃったな。


☆上野火山☆

2009年10月22日木曜日

夜の公園

都心の夜の公園です。


都心だけあって、暗くなっても、まだ人がいるのね。


やっぱり輝く街灯が魅力的☆☆


ちょっとだけドラマを感じます。

☆上野火山☆

気がつけば夕焼け空

二日ほど前の夕焼け空。


やっぱり地面ばかり見てるのは、よくないなぁ。


つい下の方ばかり目がいく自分がもどかしい。


もっと上も見よう☆


忘れ物はきっとそこにあるから。

☆上野火山☆

西荻の十字架

見えますか?


西荻窪の十字架です。


おそらく誰もが背負っているもの。


関係ないね、などとうそぶいても、背中の十字架が重さを増すだけ。


保身より前へ向かいたいものです。


空中の十字架を見て。

☆上野火山☆

2009年10月21日水曜日

懐かしすぎる☆

近所の建物の陰に、こんなものがあっただ。


昔過ぎるポスト☆


一瞬、ノスタルジックな気分になったオレ。


☆上野火山☆

夜明けの空に

昨日、今日、と天気がとてもいいですね!!


そんな日は、朝の光もどこか違います。


木々の間から差し込む光は、透き通った夜明けの空気を貫きます。


その光が建物の壁を照らすのですが、あの夕陽とはまったく違った色なんだね。


それは赤というよりむしろ、金色。
そう空気を金色で染めるんですね。


光の変化を楽しむ。
これも朝の楽しみかもしれないね。


☆上野火山☆

2009年10月20日火曜日

ラストショー

The Last Picture Show:1971

1971年に公開されたピーター・ボグダノビッチの「ラストショー」は原題を「The Last Picture Show」という。

米国南部、テキサスの田舎町の青年達を描いた映画です。
1950年代を舞台に、第二次大戦が終わったのも束の間、米国は朝鮮戦争へ出兵し、若者たちもバラバラになっていきます。
ちょっとアメリカングラフィティーに似た感じがありますが、この映画の方がずっともの悲しく、未来が見あたらず彷徨う若者の心理を抉り出しているような気がします。
かつて、このブログでも取り上げた「昨日、悲別で。」という倉本聰さんのドラマがありましたが、あのドラマはどこか、このラストショーが発想のきっかけになっているのではないかなと思っています。どこか共通したものがあるんです。

町で唯一の映画館が閉まるまでを描いた物語。
最後の上映作品はジョン・フォードの「赤い河」。西部劇の傑作です。赤い河の最後の上映で映画館がなくなってしまったとき、確実に若者たちの住むこの町は変わっていく。
僕の暮らした一関という町にも、かつて「オリオン座」という洋画専門の映画館があって、今はもうないのです。ごくありふれたエピソードなのだろうけど、だからこそ、胸が痛む強烈なイメージがこの映画にはある。

智恵遅れの少年がいつも熱心にホウキで通りを掃いているのですが、砂を運ぶ風の寂しさ。

白黒の光と影が最大の魅力だと思います。
昔、ハヤカワ文庫で小説も出ていましたが、もう絶版かな?
小説もよかったですよ。

The Last Picture Show Movie Promotional Clip


2009年10月19日月曜日

ひまわりの夏

『ひまわり』(I Girasoli)1970

毎年夏になると、必ずどこかで、たとえば誰かの家の庭先であるとか、路の脇だとか、公園の端っことかで、「ひまわり」を目にする。
あの明るい黄色は、ゴッホの目にも映ったように力の源のように映る一方で、どこかもの悲しい。

昔、戦争があって、その戦争で何百万、何千万という人びとが引き裂かれた。
イタリアに住むジョバンナは夫のアントーニオを戦争にとられた。
逃げ切れずに徴兵されたアントーニオは戦場であるソビエトの町外れで、ロシア人女性に救われる。
戦争が終わり、未亡人として暮らすジョバンナの元にアントーニオの生存の話が伝えられ、ソビエトに夫を捜して旅立つ。
しかし、そこで目にしたのは、ロシア人の女性と暮らす夫の姿。絶望し汽車に飛び乗るジョバンナ。
アントーニオがジョバンナを訪ねる。
そして、戦争を挟んで、二人の人生がすっかり変わってしまったことを知る。
アントーニオはソビエトへ戻る。駅で、かつての夫をジョバンナはいつまでも見送っていた・・・・。

メロドラマかもしれません。
でも、毎年、夏にひまわりを見る度にこの映画のラストシーンの広大なひまわり畑を、僕は思い出します。映画や舞台、つまりドラマは、追体験です。なので、まるで自分の体験のように強く場面が思い出されるんですね。

あの黄色いひまわりの咲く大地の下に、イタリア人のみならず、ポーランド人も、そして日本人も沢山埋められているはずです。二度と故郷の土を踏むことのなかった人びとの亡骸の上に咲き乱れる黄色く輝く「ひまわり」の群れ。
この映画は戦争によって引き裂かれた男女を描いていますが、実は「ひまわり畑」を通じて、無名の戦士達の沈黙の慟哭を描いているのではないですか?

監督ビットリオ・デ・シーカの甘さを越えた演出は、今大人として観て理解できるような気がします。
僕の好きな映画の1つです。

○ジョバンナがソビエトのアントーニオを訪ねる場面


○映画「ひまわり」のラストシーン

2009年10月18日日曜日

料理天国!

週のうち二回は僕が夕食を作ることにしています。

嬉しいことです。家族が嬉しそうに食べてくれる姿を見ることは。

そこでメニューなんですが、最近はYou Tubeのレシピがとってもいいので利用させてもらってます☆

今週は定番ハンバーグでいこうと思っているんですが、昨日見つけたオニオンを使ったグレービーソースのハンバーグがよさそう!!!
「Cooking with Dog」というお料理番組は結構いいですよ。
みなさんにもご紹介します☆

さっそく我が家のレシピの1つになりそうです。みなさんも、いかがですか?

How to Make Hamburg Steak

2009年10月17日土曜日

里山

春の里山

里山(さとやま)とは、集落、人里に接した、あるいはこうした地形において人間の影響を受けた生態系が存在している状態を指す言葉である。(Wiki)


過疎化が進み、人間と自然の関係が希薄になり、かつてはよく目にしたはずの「里山」が静かに姿を消しつつあるようです。
ウィキの定義に従えば、人里に接した山、人間の影響を受けた山の生態系が存在する場所に僕は育った。それは確かだ。
そんなことを思いながら、「国連大学」のビデオを観ると、いろいろ考えさせられます。
今は東京に暮らしながら、実は、ほんの近所に「里山」があるじゃないか、そんな気がします。
僕らは「里山」を見ながら「里山」だと思っていないんだな。
眼をこらせば、すぐそこに失われつつある「里山」があるんだ。

都会の喧噪に少し倦むことがある。そんな時、育った「里山」を頭の中で思い返している自分がいることに気がつく。
少年の頃、友達のお祖父さんに連れられて入った山。
山を3つぐらい越えた頃だ。
巨大な「コウタケ」(きのこ)の群落を見つけ興奮したのを覚えている。
「里山」はすぐそこにあって、いつも僕らを待っていてくれたのだ。
父とキャンプしてソーセージを焼いて食べたあの山。
父母と弟と「ドジョウ」を捕りに行ったあの山の田んぼの畦道。

今の生活からだいぶ遠ざかってしまったけれど、忘れてはいけないな。
僕の心の中の里山は、今もそこにあるのだろうか。

豊穣の里山

コマ撮りの世界

面白い映像だなぁ~、とあらためて思います。

コマ撮りの世界です。

ひとつめは、コマ撮りの「Stop motion animation」。
スティル写真が動きだし、部屋を駆け巡ります。壁や床に表の風景が広がっていくんです!
おもしろすぎ☆

オオカミとブタ。Stop motion with wolf and pig.


もうひとつは、公園の「コマ撮りの風景」。
時間と共にありふれた公園の景色が、刻々と変化していきます。時間は「空気」を創り出しているんだな。
午前の明るく光り輝く時間や、夕方のなんとも孤独な時間が見えるんです。
わずか二分間で、二十四時間を追体験する。
これこそ映像のリアリズムだし、同時にイリュージョンでもありますね!
作者の方に感謝!!!

公園で24時間写真撮影しっぱなし-Taking pictures in a park all day long-


7 Days☆☆☆

☆バービーボーイズ☆

今年バービーボーイズが一回だけ復活するそうですね!
いいなぁ。
単なるアイドル系バンドなんかじゃなかった。
八十年代を感じさせながら、あの時代にもこんな素敵な音楽があったことを、もう一度確認させてくれる、そんなバンドです。
僕と同世代の彼らには、なぜか八十年代の持つ特有の狡さみたいなものを感じないのです。

純粋だとかそんなことを言うつもりは毛頭ないですが、歌詞にもメロディーにも、彼らの歌いっぷりにも、良い意味での「ダンディー」さを感じますよ。
音楽で一発当てようとするアザトサがないんだな。むしろ、バンドのメンバー一人一人から本当に音楽を愛しているのが伝わってくる。

今聴いても彼らの音楽は古さを感じさせません。
たぶん、懐かしのメロディーというには、時代に固定されていない自由さがあるんだな。だから、単に懐かしく思えない。むしろ、今の状況の中で音を聴いてしまう。そんな感じかな?

いずれにせよ、バービーボーイズは良いですぞ。

バービーボーイズ - なんだったんだ?7DAYS

2009年10月16日金曜日

ビタースウィート・サンバ

ああ、確かにラジオが親友だった時代が僕にはあるなぁ。

真夜中、枕元のトランジスタ・ラジオに耳を押しつけるようにしてオールナイト・ニッポンを聴いてました。そして、セイ・ヤング!
東京に出てきてからは、パック・イン・ミュージック☆。

僕の隣にはいつもラジオがあって、本当に励まされたし、慰められた、そんな思いがあります。
実は、10代から20代にかけて、テレビよりラジオの時代でした。
僕の暮らしたアパートには20代の後半になるまでテレビというものがありませんでした。
電話もね。
だから、あの頃話題だった「ひょうきん族」も、実は観てません。
映画と舞台とライブと、そしてラジオがすべてだった。

なんにもないってのは、いいもんです。
なんにもないから、ラジオの音に、心が揺さぶられるんです。
なんにもないから、笑って、泣いて、活き活き生きられるんです。

なんにもない頃、それが僕のトランジスタ・ラジオの時代でした。

なんにもない。
そこから、はじめよう☆

ビタースウィート・サンバ

Carly Simon

七十年代の空気を今に伝える人。

Carly Simon。

あの20代のあなたが、今年、64歳!

“ You’re so vain.”

ラジオで本当に良く聴いた曲です。

You're So Vain by Carly Simon
1973

夜の光

携帯を持ち歩くようになってどれぐらい経つだろう。


それほどメールが速く打てるわけではないけれど、携帯は必需品になってしまいましたね。


まぁ、僕の芝居では、今のところできる限り携帯を使う場面はない方がいいな、とは思ってますが。


しかし、この携帯のカメラ機能は本当にありがたい。


以前ならカメラをわざわざ持ち歩くところを、手元の携帯で瞬時にスナップショットすることができます。


昨夜の素敵な夜景をご紹介。


当然、携帯写真です。


カメラほどの深みは確かにないかもしれませんが、生活の一瞬の空気感を切り取ることができます。

僕はこの二枚の写真が気に入ってるんですけど、どうでしょう?


☆上野火山☆

2009年10月15日木曜日

緊急告知!


我が演劇ユニット「空中スケッチ」のメンバーが出演する舞台の告知です!


空中スケッチメンバー、佐々木 隆夫です◎

 

今更になってしまい申し訳ありませんが、

前回のザッパー熱風隊関係者の皆様、大変お世話になりました。そして観に来ていただいたお客様、本当にありがとうございました。

 

 

さて今回は今月23日から始まる予定の公演をお知らせします。

もう8日後に迫っていますが(汗)

以前お世話になりました『劇団唐ゼミ☆』さんにまた出演させていただくことになりました。ので告知させていただきます!

 

 

 

劇団唐ゼミ☆第15回公演


『下谷万年町物語』


作・監修/唐十郎

演出/中野敦之


今はなき瓢箪池のほとりに、少年文ちゃんがやってきた。

かつて上野駅近くにあった「下谷万年町」に住む文ちゃんは、ご近所さんであるオカマのお春に頼まれて、行方知れずの洋一を捜しに、ここ浅草までやってきたのだ。

 

事の起こりは、八軒長屋に男娼100人が住みつく万年町と、そこで起きた警視総監暴行事件。

ある夜、上野一帯を視察に訪れた警視総監一行に腹を立てたオカマの元締めお市は、総監を殴ってその帽子を奪ってしまう。

以来、権力の象徴である帽子は、お市から部下のお春へ、さらにお春のイロである洋一の手へ。その洋一が、お春との痴情のもつれにより、帽子を持ったまま姿をくらましてしまったのだ。

 

帽子を取り戻そうと躍起になるオカマたち。

一方、洋一が小道具係を務める劇団軽喜座の座長は、総監暴行事件を芝居仕立てにして一発当てようと、こちらも総監の帽子を狙っている。

 

再会を果たすも、オカマと軽喜座、二つの勢力の間に挟まれた文ちゃんと洋一。

二人は、瓢箪池の底から浮かび上がってきた自殺志願の女優キティ・瓢田に出会う事で、昔キティが夢見ていた劇団サフラン座を立ち上げ、第三の勢力として台頭しようとするが

 

 

【場所】

浅草花やしき裏特設テント劇場


【日程】

10

23()24()25()26()

30()31()

11

1()2()3()

6()7()8()12ステージ

1027(火)・28()29(木)、114()5()は休みです。


【時間】

開演18:00(開場17:30) 上演時間 3時間


【料金】

前売2800(整理番号付きチケット) 当日3200


【出演】

椎野裕美子 禿恵 安達俊信 土岐泰章 杉山雄樹 水野香苗 佐藤千尋 小松百合 重村大介 清末浩平 佐々木隆夫 尾崎宇内 神保良介 佐丸徹(VIVIT) 平野剛督 八重柏泰士 北澤雅章(さいたまゴールド・シアター) 野口和彦(青蛾館) 他多数出演


【スタッフ】

・照明:齋藤亮介

・美術:関緑

・宣伝画:植村まき子

・宣伝美術:K.徳鎮


【チケット予約】

絶賛発売中!!


・劇団唐ゼミ☆

tel:090 9803 9409(10h18h)


mail:karazemi_ticket_1@yahoo.co.jp


・電子チケットぴあ 0570 02 9999(Pコード:396 065)


・イープラス http://eplus.jp/


全席自由。チケット番号順に入場。受付・当日券の販売は開演2時間前。劇団への電話予約は前日の17時まで。メール予約は10/22まで受け付けます。


平成21年度台東区芸術文化支援制度対象企画


主催:劇団唐ゼミ☆


後援:浅草観光連盟 共同組合浅草商店連合会


協力:浅草花やしき 浅草おかみさん会 魚家株式会社 ()目白相互企画


八軒長屋の大舞台をオカマが歌い暴れます!!

今回僕はヤクザの手下、軍医、オカマの三役で出演します。

お時間、ご興味がありましたら是非とも観にいらしてください◎

 

 

 

クラスの熱さ

もう十一年になる文化学院の授業。


旧校舎の記念講堂で始めたあの日から、もう十一年。


本当に時が経つのは早いものですね。


学校もすっかり様変わりして、もう昔の面影もすっかりなくなってしまいましたが、学生達の心の中には「文化学院」の魂がまだ息づいているようです。


不思議なことに、今年で最後になる僕の授業に、卒業生達が参加しています。

しかも、参加し始めてから一回も休みがありません。

素晴らしいな!

シーンの訓練をしているのですが、セリフもしっかり入ってきて、それぞれのシーンが充実しています。楽しんで観ることができます。


最後の年に、クラスは不思議なほど静かに盛り上がり、熱いんだな。

こうして、僕は、この学校を生涯忘れられなくなる。


あと半年、文化学院を楽しみたいと思います。

みんな!よろしくな!



☆上野火山☆

2009年10月14日水曜日

ヘブン状態!!!

日本人でカレーの嫌いな人がいるとしたら、残念だな。

カレーは食事の王様さ☆

カレーは少なくとも毎週食べたくなる。

帰宅してカレーの匂いが玄関ですると、たとえようもない幸福感に包まれる。

全国のチビッコ諸君は「カレーだ!カレーだ!カレーだ!」ってそりゃあ大騒ぎさ☆

そこで、ニッポンのカレーに中毒したアメリカ人がいた!

素晴らしい!

彼はいつでもカレーを食べりゃ、ヘブン状態!!!わかるぜ、オレもそうなのよ!!!

戦争に勝っても、カレーにゃ負けたか。

う~む、なんか微妙に嬉しいなぁ。

というわけで、この米国の彼がどれほどカレー中毒か、とくとご覧あれ!
いますぐ、カレーが食べたくなるかもよ。

ニコニコからの転載ですって。みんな、いい仕事してるなぁ〜。

「日本のカレーライス」を熱愛する米国人記者


路地の野菜売り場

近所の路地の野菜売り場です。


「一生懸命 営業中」


なんか味のある文字で、いいんですよ。


茄子やキュウリが並んでいて、お世話になってます。


昨夜は「茄子の生姜焼き」をしましたが、我が家の人びとの大好物なんですね。

少々厚めに切って、フライパンの上で炒めますが、たっぷりオイルを吸わせるのがコツ。

そして、食べるときに摺り下ろしの生姜をのせて、醤油をかけて頂きます。

みなさんご存じのこれ!熱々を召し上がれ!


家の嫁なんか、「茄子どんぶり」とかいって、生姜焼きの茄子をどんぶりにたっぷりのっけてお醤油かけて食べてます。

美味いんだ!これが!


路地野菜で美味しい秋を満喫しましょう!

スーパーより路地だよね。

☆上野火山☆

夜明けの太陽

肉眼で見る太陽と、写真で撮った太陽は大きさが違います。


不思議ですが、肉眼であれほど大きく見えた太陽が、写真ではこんなに小さい。

肉眼て、案外当てになりませんね。


でも、確実に夜明けの力を僕らに見せてくれていると思う。


こんな当たり前の風景こそ、この世界に生まれた喜びそのものだと思う。


先日、NASAの公表している「火星」の写真を、補正し色を正しく表した写真というのを目にする機会がありました。


それは荒涼たる砂漠のような風景ではありますが、少なくとも空も地面も赤くはなく、地球にとても似た風景でした。あの火星の赤い色をした写真はNASAの作り出した写真なのかもしれません。

いずれにせよ、本当にリアリティーというのは難しい。

ただ、この五感を最大限に使って、この世界を楽しみたいと思います。


夜明けの空は、太陽の力が充満していたのは確かです。

最近読んだネイティブ・アメリカン、ナバホ族の神話を思い出しました。

太陽の父を訪ねた双子の戦士の物語。

こんな空の下で生まれた物語なのかもしれません。

☆上野火山☆

2009年10月13日火曜日

Bread

Bread
と言っても、パンのBreadじゃないんだな。

もうずいぶん昔、七十年代にラジオから流れていた音楽。

本当にラジオだけだった、本物の音楽に出逢えたのは。

そうやって、寝床でラジオに耳を澄まして、じっと聴いていたんだ。

絶対に忘れないよ。

ザーザー雨のような音の向こうから、涙のかけらのようにこぼれ落ちる音楽。

一音一音、拾い集め、大切に聴いていました。

僕は、音楽から離れられそうもありません。

そして、

演劇からも。

たとえ、どんな試練があろうとも、僕は音楽と演劇を愛する。

そして、そんな僕を支えてくれる家族を愛する。

幸福は音楽のようにやってくる。


Bread “Aubrey”

うろこ雲

朝と夕方にブログを更新するというサイクルになりつつあります。

とてもいい周期性なので、このままやれたらと思います。

生活にリズムがある証拠だね。

まぁ、できる限りということで、気楽に続けます。


さて、今朝の空☆

素晴らしい「うろこ雲」でした!

もう八時前には、すっかり消えて、今はもう青空です。


久しぶりに綺麗な秋らしい空を見た気がします。


そして今日も一日、やれることを精一杯!!


みなさんも、Have a good day!


☆上野火山☆

2009年10月12日月曜日

How ☆ long

“ How Long ” The Eagles
Songwriters: Souther, John David



Like a blue bird with his heart removed, lonely as a train
I’ve run just as far as I can run
If I never see the good old days shinin’ in the sun
I’ll be doin’ fine and then some

How long, how long
Woman will you weep
How long, how long
Rock yourself to sleep

Well I been doin’ time in lonesome prison, where the sun don’t shine
Just outside, the freedom river runs
Out there in that shiny night, with blood hounds on your mind
Don’t you know it’s the same sad situation?

How long, how long
Woman will you weep
How long, how long

Rock yourself to sleep

(Joe’s instrumental)

Everybody feels alright you know, I heard some poor fool say (Somebody Ooooo)
Everyone is out there on the loose
Well I wish I lived in the land of fools, no one knew my name
But what you get is not quite what you choose

Tell me, how long, how long
Woman will you weep
How long, how long
Rock yourself to sleep

How long, how long (long and drawn out)
Muddy River runs so deep
How long, how long (long and drawn out)
Good night baby, rock yourself to sleep,
Sleep tight baby, rock yourself to sleep,
B-B-B Bye bye baby, Rock yourself to sleep


いつか、なにかの舞台で、この曲は使うと思います。
いったい後どれぐらいなどと、時を考えると、人は苦しくなります。
でも、If I could live in the land of fools, と考える。
いや、もうすでに、そんな場所に暮らしているのかもしれませんね。
この曲を聴くと、明るい音の響きの向こうに、いろんなものが見えます。

Eagles - How Long

水のない川

線路の下を流れる川が、数日前はあれほど水の量も多かったのに、何故か今日は水がない。

不思議だな。


陸橋の上から、線路を見下ろし、行き交う電車を眺め、更にその下を流れる川を見るのが好きです。


この前の台風以来、雨らしい雨が降らないからね。

明後日辺りまた雨のようですが、すると水も増えるのでしょうか?


いずれにしろ、朝のwalking & runningは今もなお継続中です☆

ホントに気持ちいいなぁ。

なんで今までやんなかったんだろ?

いつもの街を違った視点で眺めることができます。

発見と冒険は、日常の中にあるのかも。


どんなに忙しくても、これだけは欠かせませんね!



☆上野火山☆

2009年10月11日日曜日

素晴らしき幻想

[オバマ大統領:プラハ演説より抜粋(最終部)]

はっきり言いましょう。イランの核開発・弾道ミサイル開発活動は、米国だけでなく、イランの近隣諸国および米国の同盟国にも真の脅威を及ぼします。チェコ共和国とポーランドは勇敢にも、こうしたミサイルに対する防衛システムの配備に同意してくれました。イランからの脅威が続く限り、私たちは、費用対効果の高い、実績のあるミサイル防衛システムの導入を続けていきます。イランの脅威がなくなれば、私たちの安全保障の基盤が強化され、ヨーロッパにミサイル防衛システムを配備する動機がなくなります。
 最後に、私たちは、テロリストが決して核兵器を入手することがないようにしなければなりません。これは、世界の安全保障に対する、最も差し迫った、かつ最大の脅威です。1人のテロリストが核兵器を持てば、膨大な破壊力を発揮することができます。アルカイダは、核爆弾の入手を目指す、そしてためらうことなくそれを使う、と言っています。そして、管理が不十分な核物質が世界各地に存在することが分かっています。国民を守るためには、直ちに、目的意識を持って行動しなければなりません。
 本日、私は、世界中の脆弱(ぜいじゃく)な核物質を4年以内に保護管理することを目的とした、新たな国際活動を発表します。私たちは、新しい基準を設定し、ロシアとの協力を拡大し、こうした機微物質を管理するための新たなパートナーシップの構築に努めます。
 また私たちは、闇市場を解体し、物質の輸送を発見してこれを阻止し、金融手段を使ってこの危険な取引を停止させる活動を拡充しなければなりません。この脅威は長期的なものとなるため、私たちは、「拡散に対する安全保障構想」や「核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアチブ」などの活動を、持続的な国際制度に転換するために協力すべきです。そして、手始めとして、米国の主催による核安全保障に関する国際サミットを今後1年以内に開催します。
 私たちが、このように幅広い課題について行動を起こせるのかと疑問を持つ人もいると思います。国家間には避けられない立場の相違があるため、真の国際協力が可能であるかどうか疑問を持つ人もいます。そして、核兵器のない世界の話を聞き、実現不可能と思える目標を設定することに価値があるのかという疑問を持つ人もいます。
 しかし間違ってはいけません。そうした考え方の行き着く先は分かっています。国家や国民が、相違点によって特徴付けられることを良しとするとき、相互の溝は深まります。私たちが平和の追求を怠るときには、永久に平和をつかむことができません。希望ではなく恐怖を選んだときにどうなるかは分かっています。協力を求める声を非難し、あるいは無視することは、容易であると同時に、卑劣なことでもあります。戦争はそのようにして始まります。人間の進歩はそこで止まってしまうのです。
 この世界には暴力と不正があり、私たちはそれに立ち向かわなければなりません。その際に、私たちは、分裂するのではなく、自由な国家、自由な国民として結束しなければなりません。武器を捨てることを呼びかけるより、武器を取ることを呼びかける方が、人々の感情をかき立てるものです。だからこそ、私たちは団結して、平和と進歩を求める声を上げなければなりません。
 それは、今もプラハの街にこだまする声です。1968年の亡霊です。ビロード革命のときに聞こえた歓喜に満ちた声です。一度も発砲することなく、核を保有する帝国の打倒に貢献したチェコの人々の声です。
 人間の運命は、私たちが自ら切り開くものです。ここプラハで、より良い未来を求めることによって、私たちの過去に敬意を示そうではありませんか。私たちの間にある溝に橋を架け、希望を基にさらに前進し、これまでより大きな繁栄と平和をこの世界にもたらす責任を引き受けようではありませんか。共に手を携えれば、それを実現することができます。
 ありがとうございました。プラハの皆さん、ありがとうございました。

                ※    ※    ※    ※   

この演説により、彼、オバマのノーベル平和賞が決まったとすれば、まさに素晴らしき幻想だと思う。
世界で最も核を保有する国が、アメリカであり、アフガニスタンに更に二万人以上の増派を行い、戦争を泥沼化させているのはオバマが率いるアメリカ自身であり、イランを盛んに挑発しているのもアメリカなのだ。
そのどこが、平和への貢献なのだろうか?
素晴らしく美しい言葉を吐くことで平和賞ならば、世界中の多くの作家が、もっと平和賞に輝くはずである。宮澤賢治にノーベル平和賞をやったらどうなんだ!なんて妄想してみる。

と、まぁ、それほどこういった賞というのは、そもそも茶番で馬鹿馬鹿しいものなんだな。
オバマの演説が「虚しい」と思えるまともさが欲しい☆