2014年1月8日水曜日

2014年も八日も過ぎて


しばらくブログというものに嫌気がさしていて、遠ざかっていました。ごめんなさい。
そのうちに、年も明け、2014年すなわち平成26年になったのでした。
また、いろいろアップしていきますので、今年もよろしくお願い致します。



去年は友人が二人あちらへ旅立ちました。

 一人は俳優で監督の塩屋俊さん。そして、もう一方は振付師・演出家の竹邑類さん。
塩屋さんは大学の先輩でもありましたし、僕が演劇を志す最初のきっかけを作って頂いた方でもありました。彼の抱いていたその志は決して忘れません。


そして、竹邑さんは僕の翻訳劇を演出していただいたご縁でおつき合い頂きました。「まずは続けないさい」と、演劇を続けることの真の重要性を教えてもらいました。作家・三島由紀夫さんが短編小説『月』の中で、夜になると70歳になる17歳の少年として描いた竹邑さん。その三島作品の登場人物でもあった竹邑さんが、17歳の少年時代からアートに関わりながら、やがて物語とほぼ同じ71歳で此の世を旅立たれるというのは、なんとも不思議な感じがします。現実も一つの物語のような気がしてなりません。ホワイト・レビューという竹邑さんの珠玉の舞台を僕は忘れません。





仕事に追われながら、年末から新年にかけて、映像作品を色々と観ることができました。
その中で、是枝裕和・監督:NONFIX『しかし… 福祉切り捨ての時代に』(1991年)というドキュメンタリーは、強く強く心に残りました。この映像を観せてくれた、僕の大学のクラスの学生であり、是枝監督にも指導を受けている「橘田さん」に心から感謝します。ありがとう!


「しかし… 福祉切り捨ての時代に(1991年)」はフジテレビのNONFIXで放映されたドキュメンタリーであります。しかし、この小さな作品の扱う問題は、放送から二十年以上経った今なお解決されてはいないどころか、問題は深く広く、まるで小さかった傷口が広がり周囲が壊死していくようなそんな印象さえ受けます。事態は確実に悪化している。監督した是枝裕和さんはこの作品を本としても出版しておられます。

1990年(平成2年)12月5日。環境庁次期事務次官候補が自ら命を絶った。山内豊徳さん。53歳。水俣病裁判の国側の責任者として和解拒否の弁明を続けていた企画調整局の局長でありました。さらにもう一人の登場人物、銀座での売れっ子ホステスから一転、当時荒川区で難病に一人苦しみながらなんとか日々を生き抜こうとしていた原島のぶ子さん。二人にはまったく接点はないけれど、福祉政策の歪みと福祉の受給という、「福祉」のその一点で人生が交差しているのです。

近年でもメディアが、お笑い芸人等の生活保護不正受給を大問題化することによって、巷ではあたかも生活保護を申請すること自体が良くないという印象操作が行われていました。この流れから、社会保障自体をいずれ廃止すべきではないか、といった極論が今やまるで当然のことのように大手を振って歩き出しています。勿論これは、昨日今日始まった民主党や自民党といった政権の持つ問題ではなく、むしろ今世界に蔓延している新自由主義的価値感の生み出す問題なのです。がしかし、この生活保護をはじめとした福祉の切り捨てという問題は、何十年も前から国民に気づかれないほど小さな小さな形で、止むことなく続けられてきたこの国の決定的な政策、政府の決定事項なのだと思われます。そしてそれが、今現在、更に悪化しているというわけです。山内豊徳さんは水俣の患者と国側の間に挟まれ、自死に追い込まれました。官僚として死に逃げるよりも根回しの技術を持てば良かった、等と後付けの評価はこの種の出来事では無意味です。なぜなら、この問題はこの国が欧米と共に「個人の幸福」もしくは「個人の福祉」よりも、「国家の一部の層の幸福」を取る方に確実に舵を切ったからこそ起こっている出来事だからです。問答無用のこの状況では、根回しなど何の役にもたたない。だからこそ、心ある山内さんのような官僚には頑張って欲しかった。しかし、彼の陥ったその抜き差しならぬ状況は想像するに余りあります。

原島さんという女性の人生も、まったく動こうとしない福祉関係の役人の心ない対応の中で、年末に命を絶つというなんともやりきれない最後であり、無縁仏として荼毘に付されるという哀れさは、観る者に他人事ではない切実さで迫ってくるものでした。
決して忘れてはならないドキュメンタリー作品ですね。そして是枝監督の原点にあるものとも言えるのではないでしょうか。何度も観て心に刻みつけたい作品です。



年の初めに、暗い話題と思われたかもしれません。
しかし、世の中では、やれアベノミクスだの、その効果で金融関係の給料が上がるだの、やれ東京オリンピック開催だの、一見明るいニュースが沢山あるようですが、その実、矛盾ばかりが露呈しています。
例えば、東京オリンピックの主要開場になるであろう新国立競技場は、ザハ・ハディッドという英国の女性建築家による設計で建設費は約1800億円、年間維持費は約41億円にものぼる見通しであり、更にそのあまりにも巨大な構築物のせいで、国立競技場周辺の景観は全て変わってしまうということだ。これなども、本当にそんな巨大施設を建設する必要があるのだろうか。そんな中で今、真剣に言われているのは、オリンピック直後に日本を戦後最大の不況が襲うのでは?という懸念。これなどは明らかに国力を上げるよりも、寧ろ日本という国の国力を減退させる方に向かってはいないか?という疑問も出てくるように思う。

 
今年もまた、世界と巷と時代と歴史をあれこれ考えつつ、しっかりと歩みを進めていこうと思います。
見えにくい問題をしっかりと見つめたい。世界はまだまだ捨てたものじゃないのだから。
今年も、よろしく!