2010年10月27日水曜日

Cobra - オレたち

昨日の風がやけに寒いと思っていたら、木枯らし1号だってさ☆

ついこの前まで暑い夏が続いている感じでしたが、急に気温が下がり、北海道では積雪ですか、そんな今日この頃いかがお過ごしですか?僕も相変わらず元気にやっております。
なにしろ生活をコンパクトにして、質素かつ内容の濃いい生き方を模索しておりますので、今日なんかキッチン周りの大掃除なんかしちゃいましたよ。
ちっともロックしてねぇな〜、とは思いません。
これもまたロックな生活だと思います。

「・・・あれだ、おれたちだって、馬鹿じゃないぞ、頭いいんだぞっ!!」とCOBRAは歌いましたよ。
1990年頃だったと思います。
友達から借りたCDで何度も聞いた「OIパンク」系バンドでした。
良い曲は古びないね。最高だね!
この曲を聴くたびに思う。それは、ロックって恥ずかしいほど生活と共に、恥と共にあるんだってこと。
綺麗で美しい音が聴きたけりゃクラシックやジャズを聴けばいい。
でも、恥ずかしい自分と向き合いたいときは、ロックです。そして、ロックは文学です。

キッチン周りをせっせと掃除しながら、僕の頭の中で「オレたち」がガンガン鳴り響いていましたぜ。
シンクを磨く手元を見つめながら、「オレは馬鹿だけど馬鹿じゃない」と呟いていたんだ。

そう、俺たちは馬鹿だけど馬鹿じゃない。情けないけど情けなくない。かっこわるいけどかっこわるくない。

木枯らし1号なんか寒くなくなったぜ☆


Cobra - オレたち (oretachi)

2010年10月24日日曜日

もうひとつの失われたもの

便利で不必要なものや楽しげで虚しいものがあふれてはいませんか?

便利でエコで手軽なものに囲まれながら、人を見つめる「まなざし」を失ってはいませんか?

嘘をつくことが常態化してしまって、他人の言葉を信用できなくなってはいませんか?

人生最終的には「金」だなんて思ってはいませんか?

もっともっと欲しい、もっともっと得したい、損だけは絶対したくないと思ってはいませんか?

僕らはそうやって大事なものをずうっと後ろの方に置き忘れてきたのではありませんか?

今十歳の人は恐らく三年ぐらい前に、今二十歳の人は恐らく十三年ぐらい前に、今三十の人は恐らく二十三年ぐらい前に、今四十歳の人は三十三年ぐらい前に、今五十歳の人は四十三年ぐらい前に・・・・人は何かを過去に置き忘れてきたはずです。

過去が美しいだなんて誰にも言わせない。
戻りたい過去なんてどこにもない。
でも、
記憶喪失にだけはなりたくない。何もなかったような顔をして、知らんぷりして生きるほどツルツルの人生を生きるつもりもない。凸凹だけど、「忘れまい」として生きていくことは大切なことだと僕は思う。

あなたの失ったものはなんですか?

昭和30年代の風景

2010年10月23日土曜日

見失ってしまった過去へ

僕らは歴史をイメージで教育されてきたらしい。
というのも、例えば戦前の日本のイメージは現代ほど豊かでなく、それに比べると今はいいなぁ!なんて思ってしまう。
そんなことってないですか?
それは単なるイメージに過ぎません。
例えば1935年(昭和10年)といえばどんなイメージを思い浮かべるだろうか?
世界大恐慌のまっただ中で人々は苦しい生活を強いられていたに違いないと思うかもしれないし、その苦しさが戦争へとこの国を駆り立てたに違いないと思うかもしれない。

ここにアメリカ人の撮影した昭和10年の東京の風景があります。
カラー撮影された貴重な物ですが、人々の苦しい生活の中にも「落ち着き」や「穏やかさ」や「豊かさ」があることがわかります。素晴らしく美しい豊かな風景が人々の表情が写っているのです。ナレーションにもありますが、そんな豊かな国が空爆されたらひとたまりもないだろうと撮影者のアメリカ人は考えていました。そうした事態が起こることが分かっていたのかもしれません。

僕は戦後十三年経って生まれましたが、戦前や戦中、そして戦後間もない頃の日本についての近現代史の知識と情報のなさに愕然とします。アメリカにおいてハワード・ジンが著した「民衆のアメリカ史」に当たるような著作がまだまだ見あたりません。
江藤淳さんの「閉された言語空間」に書かれているように戦後GHQ主導の検閲と焚書7千冊が行われた国ですから、これまでまともな近現代史の授業が教育機関で行われたことはなかったでしょう。
渡辺京二さんの「逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)」を読み、この動画見ると、少しばかりこの国に対するイメージが変わるような気がします。ほんの少しですが。

確かにほんの一部に過ぎないけれども、この昭和10年の東京は確実に存在した実在の東京の風景であり、僕らがどこかに置き忘れてきた風景ではないですか。

忘れたくない、忘れてはならない破壊される前の日本がここにある。
僕らは何を失ってしまったのか、思い出し考える必要があるようです。

民主党は世界がひとつになる方向ですべてを推し進めていますが、世界がひとつになるには、まだ早すぎます。いや、むしろ世界はひとつになってはならないのだと僕は思う。
世界はひとつなんかにならなくていいのです。
世界がひとつになる前に、自分たち自身の見失ってしまった過去と向き合わなければ、他者と向き合うことなんてできません。
どうも我々の歴史は、一般的な常識とは違っているのだから。

昭和10年頃の日本カラー映像

2010年10月22日金曜日

弁証法の世界


ヘーゲル的な意味での「弁証法」が西欧思考法の基準になっているのは確かだ。
そしてその構造はこの世界を覆い尽くしている。

「正反合」などと単純化してしまえばそれまでだが、ある命題(テーゼ)とそれに対抗する反命題(アンチテーゼ)の衝突により止揚(アウフヘーベン)すなわち矛盾する諸契機の発展的統合が起こるという公式もしくは思考形式。

資本主義に対抗する共産主義、米ソ冷戦構造、キリスト教世界とイスラム教世界、共和党と民主党、自民党と民主党、右翼と左翼、親米と反米、親日と反日、連合国側とそれ以外、地球の北と南、白人種と有色人種、二極化する極端な格差、自由と平等、戦争と平和、夢と現実、金になるかならないか・・・・・。
驚くほどこの世界は対立矛盾するモノの対比であふれている。
止揚(アウフヘーベン)するというのは、対立や矛盾を含みつつ低次から高次の段階へ進む運動乃至は過程を言うのですが、この世界には「対立構造」をあえて意図的に創り出して、葛藤を必要以上に煽る勢力があるように思われてならないのだ。

劇作家として、人間存在は「対立・軋轢・葛藤」でその存在が確認できるのだというのは十分承知しているけれど、上記の対立関係が意図的に創り出されていると考えると、その意図の持つ邪悪さに心の底から嫌悪感を感じるのである。
例えば、共産主義という思想はマルクスが想起したモノだが、マルクスは誰の金銭的援助でこの思想を構想し著作することが可能になったのか。マルクスの援助者は同時代人であるアナキスト「バクーニン」によればある特定の銀行家、すなわち資本家が意図的にマルクスをヘッドハンティングして執筆させたのが「資本論」であり「共産党宣言」なのであった。
この銀行家の家系は今もなおヨーロッパに脈々と続いている名家であるが、何故わざわざ自分たちに不利な思想をあえて創り出させたのだろうか?
弁証法は実に強力な構造を持つモノで、一度対立関係を創り出してしまえば自動機械のように動き出しそのエンジン部分に時々刺激を加えさえすれば半永久的に動き続けるのだ。動き続けることで、様々な対立のヴァリエーションを生み出しながら、特定の集団の意志のままに、時には戦争や経済活動を通じて利益を生み出しているである。

僕らはそろそろ目を覚まし、こうして作られ意図された構造から一歩外へ抜け出さなければならない時期に来ていると思うのだ。
我々の中に価値観として植え付けられた様々な常識を疑おう。
例えば、東京裁判でA級戦犯になり処刑された人々の中に「帝国海軍」の軍人がひとりもいなかったのは何故だろう?
例えば、ベトナム戦争で枯れ葉剤(ダイオキシン)を撒かれて被害を被ったのは敵の北ベトナム人ではなくアメリカに協力した南ベトナム人だったのはなぜだろう?
例えば、何故SARS(サーズ)に罹ったのは東洋人だけなのだろう?・・・・・・。

このような無数の疑問が、表面に置かれている「弁証法的対立構造」で見えなくなっているのだと僕は思う。
二項対立の単純構造を疑わなければならない時代に僕らは生きているんだよ。

2010年10月21日木曜日

航空公園のYS-11


昼間、音楽を聴きに航空公園まで行ってきました。所沢のひとつ向こう。
駅の階段をいくつか回り込むようにして下りて、外へ出るとそこに大きな飛行機が置かれてあります。

昔懐かしいYS-11。

決して大きな飛行機ではないのですが、やはり旅客機ですから、近くで見るととてつもなくでかい。
映画「続・三丁目の夕日」で羽田空港から飛び立ったのがこの飛行機だったような気がします。

雨の中、傘をさして歩きながら、音楽をちょっと聴いて飛行機のそばを通る。

そんなに時間のない僕ですが、大きなプロペラと小さな操縦席の窓に目がいきました。
ジュラルミンの鈍く輝く銀色。
まるで空を飛ぶバスのよう。

モノはモノ。物体にしか過ぎないのでしょうが、昭和の空を飛んだYS-11は一緒の時代を過ごした仲間のような気がしました。
霧雨のような雨が機体に降りかかり、窓ガラスに滴が模様を作っておりました。

平成も22年も過ぎ、昭和なんてのは今では冷笑の対象なのかもしれません。
でもね、良いことも悪いこともひっくるめて、まるであの時代がなかったかのような顔は出来ないんだよ。
特に良いとは思いませんが、決して忘れまい、そう思います。

YS-11はどこからどう見ても昭和の空を飛んでいたんだから。
そして、あの昭和から今へと時間は続いているんだから。
あと百年もしたら、今生きている人類の大半がこの世にいないでしょう。たとえそこまでいかなくても、あと十年もすれば今の二十代は三十代、今の三十代は四十代・・・みんな平等に年をとるはず。
若い愚かさも、中年や老人の愚かさも、徐々に入れ替わっていく。

何日か前に撮った日の入りの写真をアップします。
太陽の光だけは、あと数億年経っても変わることはないでしょう。

航空公園のYS-11を見つめながら、時代を考えている自分がいた、
そして、あのYS-11は僕自身のような気がした。

YS-11A in 航空公園

ありがとう☆


文化学院で教鞭をとっていた頃、本当にお世話になった先生がお亡くなりになりました。

女優・演出家、長岡輝子さん。

102歳という年齢は大往生という表現が一番合うかもしれません。僕が生まれた頃すでに五十代で、僕の父が生まれた年に劇団を旗揚げしたと聞いて気が遠くなるような長い長い演劇生活だったのだな、と改めて思いました。そんな先生に僕自身の作品も二度にわたってご覧頂き、心から嬉しい思い出のひとつになっています。

同じ岩手出身ということもあり、岩手訛りには一際こだわっていらっしゃいましたが、そのこだわりは僕も同じです。
宮沢賢治の例を引くまでもなく、育った故郷の訛りは決して捨て去りたくない宝物だと思っています。そのことに気づかせていただいたのも他でもない長岡先生でした。
更に演劇に対する決意を新たにしたのも、まさに長岡先生の強いお言葉故があってこそでした。
その意味では僕の大事な恩師と言わせて頂きたいと思います。本当にありがとうございました。

ご冥福心よりお祈り申し上げます。

上野火山

2010年10月20日水曜日

共感と共鳴


Cleveland’s Dancing Wheels modern dance company:


As a young man living in New York City, George Gallego often enjoyed going out for a night on the town and hitting the dance floors of some of the hottest clubs around. But, after a tragic accident at work left him paralyzed from the waste down, Gallego quickly decided his clubbing days were over.

Although his friends encouraged him to get back in the party scene, Gallego would often respond by saying, “How am I going to dance in this chair?” After hearing his response one day, Gallego’s cousin decided to take matters into her own hands and began looking for ways to help him learn to dance. That’s when Gallego first met Rubin Zakiryanov.

Zakiryanov, a professional dancer who hails from Russia, moved to the US about ten years ago and founded the Discovery Dance Company in New York City in 2003. In addition to teaching ice skaters how to dance and instructing classes in ballet and hip hop, Zakiryanov decided to offer a unique dance class for individuals in wheelchairs. “I did this class for kids and adults with disabilities and I fell in love with it,” Zakiryanov said.

In April 2006, Zakiryanov founded Wheelchair Dancesport USA, a non-profit organization dedicated to teaching wheelchair users social and competitive forms of ballroom and Latin dancing through private instruction and group classes. Zakiryanov also offers lessons geared to preparing couples to dance at their own wedding.

“I just try to adapt (the steps),” Zakiryanov said. “I want it to look exactly [the same] as everybody else. I bought a wheelchair myself and I am practicing how to adapt this to ballroom dancing.”

障碍の持った方達が車いすで見事なダンスをする。24時間テレビで取り上げられそうな話かもしれません。
アメリカで事故で車椅子生活を余儀なくされた青年とロシアから渡っていたダンサーの出会いから「車椅子ダンス「が始まった様子が描かれています。決してお涙頂戴の物語ではなく、人は誰もがどこかに障害を抱え、それを乗り越えようとするところからあらゆる創造的な活動が生まれるんだ、というごくごく当たり前の、しかしながら、無視されがちな人生の主題がここにあるような気がします。
人は一人では生きられないけれど、一人で立ち上がることで出会いが生まれる。
そこに共感が生まれ、何かが始まるのでしょう。
そして、共鳴し合うことで、更なる飛躍と発展が生じてくる。
諦める前に一歩前に足を踏み出すこと。前へ踏み出す勇気は「後ろ向きな時期」を経なければ決して生まれません。苦しみの自覚から始めなければ。そして一歩踏み出すんだ。

前向きのみの光の中で、後ろ向きの影は姿を現しません。
僕らは後ろ向きの影をしっかり見つめて、前向きの光を見いだしたいと思います。
車椅子ダンスの素晴らしさは、車椅子という足枷をしっかりと受け止めなければ生まれなかった芸術でしょう。
「車椅子でも踊れるじゃん」などという話ではないのです。
車椅子でなければ、こんなダンスは生まれなかったことが重要なのです。
ジャズダンスの創始者であるルイジは、事故によってバレーを諦めたダンサーでした。
暗黒舞踏の創始者である土方巽は、日本人としてのバレーダンサーの限界を感じて挫折したところから「BUTO」を創始したのです。
すべて不合理から生まれた合理。そして挫折から共感へ至り、やがて共鳴を生み出していったのだと思います。
The Wheelchair Danceから、いろいろ思いを馳せました。

Wheelchair Dance Competion :

2010年10月19日火曜日

国分寺で

今日は仕事の打ち合わせで国分寺に来てます!

道端でアサガオを見つけました。
こんな季節になっても咲いているんですね☆

少し早めに着いたので、散歩したのね。
薄曇りのアサガオは艶があったな。

おっ!とそろそろ時間です。
また。


☆上野火山☆

2010年10月18日月曜日

みんなにご連絡☆

ここのところ忙しさが増し、いくつも舞台に誘われながら顔を出せずにおります☆

みんな、ごめんm(__)m

このブログもしばらく更新できないほど時間を奪われておりました。ですが、それもまた素晴らしき人生。
精魂込めて必死に努力する以外に道はなし。

作品造りに時間を下さい☆

みんなの舞台もいずれ観に行くからね!お互いがんばりましょう!!
こんな時代だからこそ、隙のない、丹精込めた作品造りに邁進しましょう☆☆☆

☆上野火山☆

It's illegal to be fat in Japan???


面白い記事を発見☆
ソース・サイトはここ。←クリック

「Thanks to an anti-obesity law passed last year, Japanese salarymen across the nation are pulling up their shirts to have their guts measured... and if they're overweight, they face consequences.

If you're male and your waist is over 33.5 inches, you're considered fat. If you're female, the limit is 35.4 inches. Thanks to those burgers, you now have to attend mandatory counseling with a physician. For every grotesquely obese employee like yourself, your company gets hit by a fine; ergo, they strongly encourage you to lose weight with gifts of gym memberships and pedometers.

The goal of all this is to prevent Japan from experiencing an obesity epidemic like so many other industrialized nations. The theory is the less overweight people you have, the lower health care costs will be across the board. Although I think the waistline restrictions are a bit strict (how is a six foot tall foreigner supposed to have a 33-inch waist?), this seems like a good idea overall. America could certainly benefit from less junk in the trunk... but would such a system work here?」

日本では当たり前のように受け入れられている「健康増進法」という法律。
その法律がいかに馬鹿げたものであるかを今更ながら外国人が記事にしているわけです。
よくよく考えてみれば、かつてのナチスドイツの「禁煙法」を彷彿とさせる一種の健康ファシズムの一形態に思われてなりません。この記事は外国からの視点で「健康増進法」のおかしさを指摘しているわけです。国民の健康にという不確定要素に対し法律を設けるなどそもそも法律の運用の逸脱だと僕は思っています。「自己責任」と言って国家の責任を放棄しておきながら、同時に国民に対する管理と監視が、町中に張り巡らされた監視カメラの例を挙げるまでもなく強められている現在、上記の記事のようなを読むことは意味があると思います。まったく馬鹿げた法律なんですから。

ですが、同時にこのような外国の日本に対する批判には必ず「人種的偏見」がつきまといます。
たとえば、上記のソースサイトのコメント欄を見れば、そこかしこにJapの文字が書き込まれ、刺身を食うのはバクテリアを食うようなもの、といった的外れなコメントが大量に書き込まれるわけです。
例えば、

・Japs imo urge to grow up because that's completely freaking childish....You are killing individuals' freedom, that's uncostitutional since everyone has the right to express oneself even being fat.
・Did you know that sashimi and such animal raw foods are a flourishing ground of bacterial petri dishes if not properly cooked?? they can lead to serious cases of intoxication like botulism, salmonellosis・・・

なんて具合。
健康増進法のグロテスクと日本人の幼児性や刺身を食べる食習慣がどう関係するのか?
刺身が怖けりゃ食わなければいい。生涯遺伝子操作された牛肉を無批判に食ってなさい。
世界中の馬鹿者どもに意見する気は毛頭ありませんが、国や文化の枠組みを超えて「愚かさ」に国境がないことがわかります。

この国の問題を見つめることは、同時に国境を越えた問題に目を向けることになる。
というのも、日本のこの馬鹿げた法律を批判する人々が「日本人が個人の自由をないがしろにしている」と言いながら、自分たちの自由が奪われつつあることに、どうも気がついていないようなのです。
正しいこの記事のタイトルは次のようになるでしょう。

It's illegal to be fat in Japan like United States.

なぜなら、国民を太らせるだけ太らせて、ダイエットで稼ぎ、格差を生み出したのは他でもないアメリカなのですから。

あッ!いけね。僕もメタボだっ・・・・ううう・・・・。