2009年3月12日木曜日

映画のお話し


大学の講義では具体例として様々な映画を語ります。
ブログでは、これまであまり映画については語ってこなかったのですが、そろそろ、映画についてもお話ししていこうと思います。

というのも、アメリカ映画が死んでもう十年ぐらいになると思いますが、日本映画も再び死にかけているからです。

人気者のスターがいて、ヒットした原作の漫画や小説あるいはゲームがあって初めて映画が作られる現状は、テレビドラマも同じですが、やはり末期的です。この点はハリウッドは先を行っていますが、日本も追随する形で同じです。日本の場合、これに人気テレビドラマの続編というのが加わりますが。

いずれにしろ、安心感でしか仕事ができないのならば、ショービジネスというのはなんとお仕着せばかりのつまらぬものになってしまうことか。
作り手は自らの首を絞めていることに気がついてもいいんじゃないか、そろそろ。

今、ない、ものが面白い。安心感と好奇心は相反する精神状況です。

たとえば、そうだな。1973年のアメリカ映画に「ペーパームーン」という作品がある。
監督はピーター・ボグダノビッチ。原作は「アディ・プレイ」という十万部のベストセラー小説。しかし、監督はタイトルが気に入らず、オーソン・ウェルズに相談し、タイトルを変更、原作も後にタイトルが変更されたというのは結構有名な話。つまり原作のタイトルを棄てたところからはじまったんだな、この映画は。

たぶんこの映画がよかったのは、原作もいいお話しですが、それに寄りかかることなく、貧しいアメリカの戦前の風景を映し出そうと努力した結果ではなかったか、と思うのです。赤色フィルターを使い、白黒のコントラストを際だたせ、青空をどこまでも黒く映し出していました。
モノクロというのは、考えてみれば、映画や映像でしか実現しない表現ですね。舞台はカラーです。
カラーの時代に白黒でいこうとした先駆的作品として、恐らく制作者側の反対が強くあったであろうと予想できます。プラス、この作品はワンシーン・ワンカットという演劇的撮影手法を多用しようとしている点でも、画期的な作品だったのです。勿論これもフィルムを多量に消費する点からも嫌われます。

その後、モノクロ映画はウディ・アレンの「マンハッタン」や小栗康平の「泥の河」などでも見られるようになったし、ワンシーン・ワンカットの方式は今は亡き相米慎二も初期に固執する方式だったんだな。

ヒットしたのは結果であって、安心感にのっかって仕事をしていないところに注目しようぜ!
冒険者達が次の時代を創ってきたのは確かだと思う。
冒険をしなくなったジャンルが、死につつあると思うのは俺だけか?

どうよ?

映画も舞台もラストで決まる。
この映画の8分間のラストを観て欲しい。
 
A Great Movie☆ is here!

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