2009年9月3日木曜日

エコという名の欺瞞

不思議でならない。
地球に優しい商品が街に溢れ、例えばエコな商品を買うとエコポイントがつき商品券から電子マネーに至るまで交換可能になっている。エコな車(割高)を購入するとエコカー減税?あるいは、地球温暖化を食い止めるための対策として、例えばCO2排出量が各国で制限され「排出量取引」という新しい金融商品が生み出され、知らぬ間に莫大な金融取引が証券取引と同様に動き始めている。
いつの間にか、なのだ。そして、これらの動きは絶対的な「善」であり、「議論の余地はない」と巷では思われている。だが果たしてそうなのか?
エコという「看板」を掲げることで、新しい商売が生み出され、僕らはそれに踊らされているだけなのではないか?

地球が温暖化していることに議論の余地はないと人は言うけれど、本当に温暖化しているのだろうか。以前にも書いたことですが、七十年代には「地球寒冷化」が言われていたのです。つまり、氷河期が来るだろうと、テレビでも新聞でも大々的に報道されていたのです。1975~1979年ぐらいの報道を見てみれば、それがよくわかる。なのに、今それをネット上ですら探そうとしてもなかなか見つからないのです。あの頃言われていたことはすっかりなかったことになっている。メディアを通じて学者達は嘘を言っていたのだろうか?それとも、あの頃が間違っていて、最近になって真実が漸くわかってきたということなのであろうか?
僕は、そのどちらでもないと思う。
何故なら、気候変動に関しては不確定な要素が多すぎて、実際の所確定的なことを述べることは不可能だからです。かつて「カオス理論」や「複雑性」といった概念が取り上げられ時、その不確定なカオスのモデルとして挙げられていたのが「気象」乃至は「気候」の変動モデルでした。
具体的に言えば、どんなに気象庁が頑張っても、絶対にあたる天気予報は不可能です。それは、気象や気候に変動には様々な要素が複雑に絡み合い、ひとつの因果関係では説明できないからなのです。小さな蝶々の羽ばたきが地球の反対側の気候に影響を及ぼす可能性があるというあの「バタフライ・イフェクト」と呼ばれる効果もこんなところから出てきます。
CO2の環境への影響も複雑に絡み合った無数の条件のひとつに過ぎない。にもかかわらず、CO2のみが問題の中心になり、それを根拠に膨大な商売を生み出しているという構図が、そもそもいかがわしいのではないでしょうか。

地球が温暖化しているのかどうかは、未だに確定的なことは、なにひとつわかってはいないという前提が正しいと思う。ヒステリックな「環境保護論者」は、市場経済の片棒を無意識に担がされているのだと思う。
河川を無批判に汚すことは間違いだろう。老廃物を空中に撒き散らすことも間違いだろう。化学薬品だらけの食物も間違いだろう。
だからといって、「環境に優しい」という宣伝文句を鵜呑みにするわけにはいかないのだ。
ひとつだけはっきりしていることがある。
エコの名の下に、企業は新商品を生みだし、その新商品は確実に以前のものより価格が上がり、企業内では工場閉鎖に伴いリストラを行い失業を生みだし、同時に発展途上国に工場を移転し、低賃金労働を蔓延させている、ということ。

日本経済新聞によれば「環境省は26日、2010年度予算の概算要求を発表した。地球温暖化対策を中心に総額は当初の09年度予算比17.6%増の2608億円で、エコポイント事業の継続拡大へ8億5000万円、国内排出量取引の推進に28億円などを盛り込んだ」ということになる。
有無を言わさず推進される「国家的エコ事業」であることがよくわかると思うのだが。

僕は、地球温暖化対策という言葉の向こうに新たなる「全体主義」の匂いを感じている。

『地球温暖化詐欺』
一部分、間違いや曲解も指摘されてはいますが、見るべき動画だと思います。

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