2010年5月27日木曜日

「“P“s」を観る☆


池袋のシアター・グリーンにて、舞台「“P”s」を観る。

BC級戦犯を描いた作品で、若い俳優たちが可能な限り想像力を使って、かつてこの世界に存在した若者を演じる。

僕自身が戦後世代であって、戦争の本質は永遠にわからないのかもしれません。

でも、想像力が過去に近づかせてくれる。僕はそれだけは信じている。想像力と創造力を。

不当な裁判で不当な形で死を受け入れなければならない戦犯と名指しされた者は、どのように現実を受け止めていったのだろうか。この問題は今も変わらず、まさに変奏曲のように繰り返し語られながら、決して色あせることがない。

「反戦」を口にすることは容易いが(少なくとも今の日本においては)、反戦は追体験と共感から自ずと生じる感情だろうと思います。理想論としての反戦よりも、想像力として戦争を追体験した方が、よっぽど反戦的行為ではないだろうか。

演劇とはその契機に他ならないと思うのです。

演劇はすべてを描くことはないし、描けない。

観客が補うのである。共有された空気が補うものなのだと思う。

その意味で、今夜の二時間は「追体験」という貴重な時間でありました。

誘ってくれた出演者の俳優・高杉瑞穂君に心から感謝です☆ありがとね!!

皆様ももしお時間がありましたら、劇場まで足をお運びいただきたいと思います。よろしくお願いします☆


<公演情報>

「“P”s」

脚本・演出 : 合馬 百香(劇団め組)

出演 : 高杉 瑞穂 早田 剛 郷本 直也 仲原 裕之(Studio Life) 桑野 晃輔

     / 曽世 海司(Studio Life)

あらすじ :

昭和二十二年夏、東南アジア某刑務所。

その一画には、戦犯死刑囚を収容するPunishment Hall、通称Pホールがあった。

死刑囚達は、このPホールに隔離され、刑執行を前に比較的穏やかな日々を送っていた。

しかし、その胸には、囚人(Prisoner)を表すPの縫取り。

そんな中、彼らの世話をする教誨師は禁止されている死刑囚の遺書を日本に持ち帰る事を決意する。

遺書をしたためながら、死刑囚たちの心も少しずつ命の意味を見出し始める。

PホールにとじこめられたPrisonerとしてではなく、胸のPにはきっと別の美しい意味があるのだと・・・・。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

お問合せ:ナノスクエア

     03-5724-7223(月~金 10:00~17:00)

劇団メール: info@nano-square.com

URL: http://www.nano-square.com/

2010年5月26日水曜日

天女降臨



今日は、「劇団じゃけん」さんの公演に行ってきました。

なかなか時間が取れず、観に行けない舞台もあり実に心苦しいのですが、お許しを☆

この『天女降臨』と題された芝居は、実に二時間引き込まれっぱなしでした。というのも、テーマが「芸術を生きるとは何か」というあまりにも直球でしかも剛速球だったために目眩を感じながらも、共感し見入ってしまったからだと思います。

物語は芥川の地獄変の変奏。芸術論であり、同時に幸福論であり、青春論でもある。

久々に脚本の力で見せる芝居でした。

観客に媚を売るか、仲間内の内輪話、あるいはエンターテインメントという名の虚しいドタバタの相変わらず多い演劇界において、脚本の力で勝負するのはとても良いことです。

演技も演出も、脚本からはじまる。今回はその脚本にエネルギーがありました。

人はその人なりの人生を地上で過ごしたら、やがてもれなく地上を去っていく。この物語もそれぞれの登場人物に与えられた生を生き抜いていました。そうなんだ。そんな物語が今必要なんだよ。なんとしても生き抜こうとする人間の物語が。

たとえ途中で断ち切られたとしても、生き抜く姿勢を描きたい。

空中スケッチの俳優・佐々木隆夫君が若き絵師を演じています。俳優としても一段また成長したようです。これまで以上に端正な身のこなしと静けさ、を激しい葛藤の芝居の中で表現しています。いや、表現と言うより、彼もほかの俳優たちと同様生きていた。

ますます成長していくことを期待したいと思います。がんばれよ!

まだ公演は続きますので、ぜひご観劇下さい!久々にヒット!!!

○ 公演情報 ○

『天女降臨』劇団じゃけん・旗揚げ十周年記念公演

芥川龍之介の「地獄変」をモチーフに、絵に人生を懸ける男達と、それを支える女達の生き様を描いた青春群像劇。

 主宰 難波善明が書き、劇団旗揚げのきっかけとなった、今尚、熱烈な支持を受け続ける作品を、

 劇団旗揚げ十周年記念公演として再演。その熱き魂が、あなたの胸を打ちぬきます。

<出演>

 大前洋子

 鳴嶋由紀

 難波善明

<客演>

 五森大輔

 宮根耕平(劇団無=魂)

 並木健太郎

 佐々木隆夫(空中スケッチ)

 山崎千佳子

 阿部夏来

 他

<日時>

2010年5月

27日(木) 28日(金) 29日(土) 30日(日)

14:00開演 14:00開演 14:00開演

19:00開演 19:00開演 19:00開演

 ※開場は開演の30分前です。当日券は開場1時間前より販売します。ただし、お席に限りがございます。

   当日券の販売が出来ない場合もありますので、事前にご確認の上、ご来場ください。

<場所>

 中野ポケットスクエア 劇場HOPE  ※アクセスについてはこちらをご覧下さい。

 (東京都中野区中野3-22-8)

<料金>

 前売り:3,800円 当日:4,000円

 ※チケット販売についてはこちらをご覧下さい。

 ※学生桟敷席(2,800円)もあります。下記の電話もしくはメールにて直接お問い合わせください。

<問い合わせ先>

 TEL:090-6141-7256 (難波)

 E-mail:gekidan-jaken@ac.auone-net.jp

       jove.peace@ezweb.ne.jp(携帯)

<スタッフ>

 照明:山中康弘(有限会社パレード)

 音響:澤野敦(StarWoods Recording Studio)

 舞台監督:藤田清二

 舞台美術:忍

 音楽:はいから亭/the Foxhole

 製作:鳴嶋由紀・秋山知子

 企画・制作:オフィスじゃけん

<協力>

 藤浪小道具(株)

 officeトップクラス

 ボイスサークル“あるでんて”

2010年5月18日火曜日

普通の一日と小さな奇跡

On May 5th it's Mukhtar's, a bus-driver in Copenhagen, Birthday. In 2010 he had no idea that a large group of people had planned to celebrate him...

コペンハーゲンでバスの運転手をしている彼は、5月5日が誕生日でした。

バスに乗り込んできた男の客がいきなりトランペットを吹き、別の女性の乗客が歌い出す。。。。

やがて、それが彼を祝う乗客たちのサプライズ・パーティーだということがわかります。

仕事をするということ。

何も言わないけれど感謝するということ。

無名の人の無名の仕事こそ、その価値に気がついた者のみが感じることのできるかけがえのないものであり、この世界を本当は生みだし創り出しているものなんだと思う。

人々の表情もさることながら、この運転手さんの最後の表情があまりにも良いのでアップします。

これは人情なんてもんじゃないよ、奇跡だよ。

普通の暮らしの中に「奇跡」は現れる。



Mukhtars Fødselsdag - Flash Mob - Bedre Bustur

廃墟の街

チェルノブイリ


現存する廃墟の街を紹介してくれているサイトを発見。

いろいろと見せていただきました。

「カラパイヤ ー不思議と謎の大冒険」という面白いサイトです。クリックで移動できますよ。興味深い情報をありがとうございます。


昔から「廃墟」というものに惹かれますね。

なぜだろう?

あの人のいない静寂や、過去に人で賑わったはずの通りや建物の乾いた感じが、想像を掻きたてられるからでしょうか。

悲惨な事故や天災、あるいは戦争状態に見舞われ、不幸にも住民を失った「廃墟」は、どこか悲しく、どこか人間に対する批評や皮肉に満ちている。廃墟はその空の色さえ、空気の色さえ違って感じられます。

でも、考えてみれば、どんな場所だって、いつ廃墟になってしまうかわかりません。

僕の好きなホラー映画に「回路」という黒沢清監督の傑作がありますが、アメリカで「パルス」という名前でリメイクされました。その映画の中で、いろいろ見事な描写がありますが、なんといっても、ラストに主人公が車で港まで移動する間に映し出される廃墟になった東京の街は秀逸でした。心霊世界から溢れ出した霊で黒く霞んだ通りの風景は、気が遠くなるほどリアルな東京の廃墟の姿でした。そして、それは恐怖とともに美しかった。リドリー・スコットのブレード・ランナーのラストを彷彿とさせる音楽。その音楽という空気感を通して、無言の街が通り過ぎます。やがて暗く霞んだ飛行機が燃えながら頭上をかすめ飛んでいき、無音の大爆発を遂げる。

廃墟には、人のイマジネーションを駆り立ててやまない不思議な魅力がありますね。


映画『回路』予告編:2001年の作品ですが、古びない恐怖があります。




そして、珠玉の恐怖場面です。僕の講義とっている学生諸君は参考までにどうぞ!

2010年5月15日土曜日

サークル☆ゲーム

前に書いたこともあるのですが、昔観た映画「いちご白書」の主題歌がサークル・ゲームでした。
ベトナム反対闘争中の学生たちが輪を作って座り込んだその姿勢をサークル・ゲームと呼んだという話があります。
カリフォルニア大学、バークレー校を舞台にした映画のラストは確かに学生たちのサークル・ゲームが排除されるところで終わりました。

そして、今、この曲を映画から離れて聴いてみると、また別の感覚が生まれてきます。それは、人生が繰り返し徐々に上昇していく「人生は螺旋階段」のようだ、という感覚です。
サークル・ゲームというこの音楽のもう一つの意味は、人生の螺旋運動を歌ったものでした。

中学生の時に聴いたバフィー・セント・メリーのフォーク調の歌声は映画の雰囲気にぴったりで六十年代から七十年代にかけた時代の雰囲気を伝えています。作詞作曲はジョニ・ミッチェルだったと思いますが。

ここにもう一つ、スティーブン・カーティス・チャップマンのアレンジがあります。これもいいんだな☆こうなると「いちご白書」の呪縛から逃れ、懐かしさを超えて、今につながる「輪と和」を感じさせてくれますね。

人生はサークル・ゲーム。
繰り返しながら、少しづつ変化して、少しづつ上昇していく。
いいとか、悪いとか、そんなことよりも、生きててよかった!というのが大事。
下らない人生などどこにもない。
あるのは、下らないと思う自分がいるだけ。

昨日より、少しだけ、変わっていたい。


The Circle Game(訳詞付)/バフィー・セントメリー


The Circle Game-Steven Curtis Chapman

2010年5月14日金曜日

ひとりパンク親父☆だってさ

「ハゲがひとりパンクで何が悪い。抜け落ちた分だけ、駆け抜けた年月だけメロディーがあるのだ。」だって。

いいねぇ!
若さだけが言えることもあるけれど、若さだけでは言えないこともあるんだよ。
いつか来た道。
誰もが行く道。
人生ってのは、油断ができないねぇ〜。

今日は晴れていますが、強風注意報。
戻る場所なんかないが、前だけ見てる歳でもない。
日々の味わいがロックなのさ。
かつては私小説が担っていたものを、ロックが引き受け、演劇が引き受ける。
ニューウェーブだ、ヒップホップだ、などと言ったところで、結局残るのは本物のロック魂だけなんだ。それは他人を嘲笑うことではなくて、己の馬鹿を見つめること。

この日常に「なんにもない」なんて言った奴ぁだれだ!!!
いろいろありすぎて、ブログにすら書けん。
いろいろあるからおもしれぇ〜んだ!
ハゲで、デブで、歳くってても、ロック魂だけは、決して死なん☆


ひとりパンク親父②「時が戻るまで」(歌詞字幕付き)

大空のサムライ


坂井 三郎(さかい さぶろう、1916年(大正5年)8月26日 - 2000年(平成12年)9月22日)は、大日本帝国海軍の戦闘機搭乗員(パイロット)。太平洋戦争終戦時は海軍少尉、最終階級は海軍中尉。太平洋戦争時における日本のエース・パイロットとして知られる (Wikipedia)


戦争などあってたまるか!という気持ちがある。
そして、それは同時に、経験者や先人に対するリスペクトと彼らから学びたいという気持ちでもある。

現代のこの国の問題は、すべてにおいて「自粛」から生じている。
報道も教育も芸術も、あらゆる分野で「黙殺」という名の「自粛」がこの国を腐敗堕落させているのである。
たとえば、現在九州で日本の畜産史上例を見ない数の「口蹄疫」による畜牛の大屠殺が行われていますが、少なくともテレビでは全く報道されず、新聞でも微かに触れられる程度です。
江藤淳の言を待つまでもなくかねてよりの「検閲」から始まったこの「自粛」という姿勢は、確実にこの国をだめにしているのだと思う。

戦争に関しても、自由に語り合えるムードがこの国には生まれにくい。
反戦や反核は正しい。
同時に、その正しさに隠されて、何があって、何が見えなくなっているのかがわからなくなっているのも事実だと思います。
時には、戦った人々の経験を受け止める必要もあるだろう。国家によって犬死にさせられるというのは、第二次大戦中の日本のみならず、あらゆる国のあらゆる戦争で起こっている極めて共通し一致した事実です。だからこそ、死地に赴いた経験に耳を傾け見つめる必要が戦後世代の僕らにはある。
戦争は「悪い」ことだから、語ってはならない、というのは実は反戦でも反核でもありはしない。
あらゆるものに対する「自粛」こそが、現実を見誤らせているのだと僕は思う。

悲惨な戦場ではありましたが、それでも微かに存在した「サムライ魂」を知るにつけ、今後はこのような戦いは二度と、そして完全にあり得なくなっていることに気づかずにはおれません。
かつてあった「サムライ魂」は戦場ではなく、日常でもっと見いだすべきなのだろうと思います。
これからは大量殺戮兵器による一瞬の戦争の時代でしょう。そして、その一瞬を関係企業は持続させることで利益を上げていくのでしょう。イラクやアフガンは、その例でしょう。そこには「サムライ魂」の入り込む余地はありません。
昔の戦争が良かった、などと言う気はさらさらありません。しかし、現代は戦争のあり方すら「なんでもあり」になってしまったのだと思います。勿論それは原爆投下から始まったのかもしれませんし、第一次大戦の毒ガスから始まったのかもしれません。

かつて「大空のサムライ」と呼ばれた撃墜王の戦いぶりとその言葉を聞くことで、今失われているものを見いだしたいものです。先人に対する「尊敬」からはじめませんか?
そこから、この時代の堕落の別の側面が見えてくるかもしれません。

坂井三郎氏は語る!
「兎に角、自分の仕事に対して職業に対して、もっとプライドを持たなければいけない。
俺の仕事が一番いい仕事なのだと。そして、研究し、努力する事がまず大切ですね。
周りにある全てのものが常住座臥、自分を磨く教材です」

坂井三郎空戦記


Saburo Sakai's testimony (English sub)
Powered By Blogger