2009年5月31日日曜日

Into the Wild

Christopher Johnson McCandless (February 12, 1968  – mid-August, 1992) 
was an American wanderer who adopted the name Alexander Supertramp and hiked into the Alaskan wilderness with little food and equipment, hoping to live a period of solitude. Almost four months later, he died of starvation near Denali National Park and Preserve. Inspired by the details of McCandless's story, author Jon Krakauer wrote a book about his adventures, published in 1996, entitled Into the Wild. In 2007, Sean Penn directed a film of the same title, with Emile Hirsch portraying McCandless.
(From Wikipedia, the free encyclopedia)

クリス・マッキャンドレスという青年が、アラスカ州フェアバンクス、デナリ国立公園内スタンピード・トレイルのうち捨てられた廃バスの中で、寝袋にくるまったまま餓死した姿で見つかったのは1992年、8月の中旬だった。上の写真は、セルフタイマーで亡くなる直前撮ったものと思われる彼の最後の姿。死後現像されていないフィルムが見つかりこの写真が写っていたのです。
このバスも、彼の座っている椅子も、現在もそのまま残されているそうです。

彼は何故、アラスカの荒野で最期を遂げたのか。
彼の足跡を追った『Into the Wild』は最初本として出版され、やがて、ショーン・ペンによって映画化され、近年のハリウッド映画とは一線を画す、アメリカン・ニューシネマの匂いで満ちあふれた作品として陽の目を見ることになった。
なけなしの預金を燃やして旅をはじめるなんて、イージーライダーのピーター・フォンダが旅のはじめに時計を捨てたのを彷彿とさせます。
この映画は、確実に現代のアメリカン・ニューシネマです。

荒野に憧れ、荒野に死すというのは、ヘンリー・ソロー以来アメリカ人の中に在るある種のDNAのように強く彼らの精神構造を創り上げているものかもしれない。
現在のような、拝金主義の新自由主義に踊るアメリカ人は己のDNAを無視し、どこかで確実に歪みを生じさせているような気がしてならない。
彼らは本来荒野に憧れ荒野に向かう人々なのだと、僕は思う。
僕にナイフの素晴らしさを教えてくれたのは、やはりアメリカ人だった。
その意味で無駄死にしたかのように見えるクリス・マッキャンドレスというこの青年の生涯はまさにアメリカ人魂そのものだったのではないだろうか。
親子の鹿に食料のために銃口を彼は向けることができなかった。
旅の先々で、人々と豊かに交流した。
そして何よりも、彼は決して愚か者ではなかった。

僕はふいに思うのです。
日本の引き籠もりの若者たちのことを。
彼らを役立たず、などと呼ぶのは簡単ですが、本来日本人というのは、荒野へ向かうより、家の中でゴロゴロしているDNAの人々だったのはないですか?
朝から晩まで金融や株式のことで頭がいっぱいなんていう日本人は本来いなかったわけで、ほっときゃゴロゴロゴロゴロしてたわけです。
クリス・マッキャンドレスが日本人だったら、ひょっとしたら引き籠もっていたかも、なんて妄想してしまう自分がいます。

結局、荒野へ向かう非常識に思える行動も、引き籠もって非生産的に思える行動も、とどのつまりは、現在僕らを取り巻く異様な金銭的価値観に対する抵抗だったのではないですか?

アラスカのへんぴなところで餓死したこの若者をヒーローにする必要はないけれど、下らないと嘲笑う必要もありません。
彼の物語を冷ややかに笑う態度こそ、現代の価値観に完全にやられている病の兆候かもしれません。

僕は「Into the Wild」が大好きだなぁ☆




"Ballad of Chris McCandless" By Ellis Paul

2009年5月30日土曜日

川平慈英の箱 J's BOXを観てきたぞ☆

正確には「川平慈英の箱 J's BOX vol.1 1/2」を恵比寿で観てきました。

非常に良かったゾ!!これはいい!!最高!!

プライベートというよりも、むしろパーソナルといった方が良いと思うけど、自分自身の物語からはじめる時期にお互い来ているんだろうな、と思いました。

君も僕も同じ月に、「自分」というものを、とうとう恥ずかしさを越えて濃〜く語っちまったね!
そしてそれこそ、かけがえのないものなんだな。
それこそが、あらゆるものの出発地点なんだ。
フィクションを創り出すには、そのベースであるリアルな生活の物語が絶対に必要なんだよ。
JAYの持つこれまでのイメージの向こう側に、密かに隠されていた別のリアルな面が、引きずり出されていて、僕は心を動かされました。

エンターテインメントで、楽しいショーなわけだけど、それを越える真実の一瞬があると、それはたちまち単なる娯楽を越えるんだな。
それは、ちょっと照れますが、芸術になるんじゃないか。
芸能が芸術になる瞬間を垣間見られた気がします。
それこそ、次に向かう可能性だものな。

ありがとね!JAY!

5月30日(土)13:00の回はまだちょっとチケット残ってるかも☆
興味のある人は劇場にGo!

2009年5月29日金曜日

雨の日のお堀端

東京は雨です。

今日は友人の舞台を恵比寿に観に行く予定。

その前に一仕事。なんて思っても、ちょっと疲れ気味かな。。。

三十年以上暮らしている東京なのに、いつもどこか初めて見た風景を感じるときがあります。

この写真もそのひとつ。

ありふれた雨の日の東京ですけど、それもさっき撮ったんですけど、なんか薄暗い中で輝く光がビルや通りに見えるんだな。

そんなことに気がつくと、とたんにいつもの街が違って見える。

僕らは、日常を当たり前と思いすぎると、目の前から一気に新鮮さが失われてしまうみたいです。

当たり前なんてなんにもなかと。

どう見るかだけがあるったい。

ね、こんな街の中で、俺、生きてるよ〜ぉ☆

もうすぐ、恵比寿に移動だな。


☆上野火山☆

光と影の世界で

芝居の稽古というのは大概騒がしいものです。

ですが、たまには静けさとともに稽古がすすむ場合もあります。

この光と影のコントラストがあまりにも綺麗なので、こちらのブログにも掲載します。

若い二人が本読みしている所なのですが、なんともいえない静寂に包まれています。

リラックス。

喧噪の中で生きざるを得ない日常ですが、時には静かな時間を光と影の中で過ごすのもいいものですね。

時は無情に流れていきますが、「今、この瞬間」は永遠です。

ベルグソンもそんなことを言っていたような気がするな。

瞬間と持続だね。



☆上野火山☆

2009年5月28日木曜日

ジョニー・キャッシュが教えてくれた☆


友人のミキさんと、ご主人のボブさんから、またまたジョニー・キャッシュの動画を教えていただきました!
歌詞が素晴らしいので、ここに掲載させていただきます。
これはジョニー・キャッシュ人生最後の曲。そんな魂のこもった曲です。
ジョニー・キャッシュをただのカントリーの歌手ぐらいの認識の人はぜひ聴いて欲しい。
これぞロックです。
ジョニー・キャッシュは間違いなくロックを生きた人物でした。
そして、彼から多くのことを学びます。
人を愛するということ、裏切るということ、傷つけ傷つくということ、信じるということ、そして、痛みと共に、それでも人生は生きるに値するということ、痛みを感じるからこそ、僕らは生きているんだということを。

ジョニー・キャッシュは教えてくれた☆
人生を愛するということを!!
彼のような先人なくして僕らはここにはいないということを忘れまい。

Thanks !Johnny Cash!

and,

Thanks! Bob and Miki!



♪Hurt

by Johnny Cash 

I hurt myself today
to see if I still feel
I focus on the pain
the only thing that's real
the needle tears a hole
the old familiar sting
try to kill it all away
but I remember everything
what have I become?
my sweetest friend
everyone I know
goes away in the end
and you could have it all
my empire of dirt

I will let you down
I will make you hurt

I wear this crown of thorns
upon my liar's chair
full of broken thoughts
I cannot repair
beneath the stains of time
the feelings disappear
you are someone else
I am still right here

what have I become?
my sweetest friend
everyone I know
goes away in the end
and you could have it all
my empire of dirt

I will let you down
I will make you hurt

if I could start again
a million miles away
I would keep myself
I would find a way






そして、ジョニー・キャッシュ夫妻の生前の姿。


2009年5月27日水曜日

パーティー(^O^)/

先日、大切な人々とパーティーをしました。


青春時代を共に過ごした人たちと数十年ぶりに会って、互いの家族と一緒に、同じ時を過ごしました。


まったく不思議なことですが、このところ人生の第2ラウンドがはじまっているようで、これまで過ごした日々を、もう一度見直すということが多いのです。

たぶん、見直すことで、今後どう生き直していったらいいのか学んでいるのでしょう。


下らないことも全部が人生の肥やしだというのは本当です。

いやむしろ、馬鹿馬鹿しいこと、情けないこと、下らぬことの方にこそ、次のステップのヒントがあるような気がします。


とにかく、みんなの笑顔がホントよかったなぁ!!!

写真を見ても、この笑顔は本物だよ。

素直に心の底から幸せが溢れる笑顔です☆☆☆

子供たちも大喜び!!


あっちゃん、ありがとう!

僕ら、生き方間違ってなかったと思うよ。

人生は、Yes☆☆☆

☆上野火山☆

学校の入り口

新しい建物なのに、窓はどこか懐かしいアールデコ☆

この学校の春もどんどん過ぎ去り、初夏の雰囲気が漂います。

窓。

そこは、Sky Light☆


☆上野火山☆

2009年5月23日土曜日

ビルの谷間の光

東京らしい夕陽だなぁ。

大学のタワー、わずか5階から撮りました☆


ここのところあれやこれや忙しさにかまけてブログの更新が滞っております(泣)!頑張れよーオレ!!


今夜は夕方から懐かしい人々と家族でお会いします♪

再会の時期なのかもしれません。更に前へ進む準備期間なのかも!


☆上野火山☆

2009年5月19日火曜日

アメリカン魂

Johnny Cash

先日、東京を離れた友人からメールを頂きました。
ご主人はアメリカ人のナイスガイ、可愛い息子さんもいらっしゃいます。
そのメールの中で、ご主人のBobが勧めてくれたのが

"The Johnny Cash Show"!!!

だいぶ前のアメリカの番組ですが、まずJohnny Cashがいい☆
Johnny Cashに関しては映画「Walk the Line」を観ることをお勧めします。
薬物に溺れたり、その結果一家離散、しかしそのどん底で永遠の伴侶ジューン・カーターと出会い、刑務所でコンサートを開く・・・・その波瀾万丈の人生そのものが音楽そのものだし、まさに物語りそのもの。それがJohnny Cashというシンガーでした。
ロックの反骨とカントリーの哀感、そしてフォークの持つメッセージが、彼の歌にはあったといわれています。
僕も、Johnny Cashのアルバムは何度も何度も聴いてしまう派です。
アメリカン魂というか、アメリカの良心のようなものは、こんな人物を通して体現されているような気がします。
愛して愛して愛し抜いた妻がこの世を去ってすぐ、後を追うようにしてあなたも天に召されましたね。

Johnny Cash、あなたの愚かしくもその熱烈な人生が、またこうして受け継がれているようです。


そんな彼が1969年からはじめたのがこの番組"The Johnny Cash Show"でした。


「・・・・ボブの両親が大好きで、ボブも大好きで、
そして今、
ジョシュアは(アンパンマンではなく)ディランやキャッシュ
をバックミュージックに毎晩歯磨きしています。
・・・・ミキ」

ミキさん!とっても素敵なメールをありがとね!!!
早速紹介するぜ!!


ディランとキャッシュをバックグラウンドに歯磨きだなんて、なんてステキなんだぁあああ!!
オレも今夜からそうするぅうううう!!

その番組の中から、ゲストがBob Dylanで名曲Girl from the North CountryをJohnny Cashとデュエットする回。
そしてもうひとつは作家のShel Silversteinがゲストで、彼がギターを弾き語る回。
最高の映像と音楽をみんなで!!

Bob, it is really nice!
I really like it!!
I appreciate it!
Thanks a lot!

So everybody, let’s enjoy this program☆☆☆
Here we go!!




映画「Walk The Line」のトレイラーです!これもチェック宜しく☆






2009年5月17日日曜日

散歩道の空気


忙しさにかまけて、更新できませんでした!

でも、写真は数日撮りためてあるので、順次アップしますね☆

大学周辺とキャンパス内のタワーから見た風景等々。

携帯の写真ですが、なかなかいいんです!

近いうちに小型のデジカメを手にいれようと思ってます♪


今日はこれから懐かしい友と再会します♪


楽しみ☆


☆上野火山☆

2009年5月13日水曜日

Rumbleseat☆

John Mellencamp “Rumbleseat”

最近、いくつか八十年代の音楽を聴き直しています。
その中で、忘れられないのがJohn Cougar Mellencamp。
John Cougar時代はグラムロッカーだったなんて信じられなほどアメリカンロックの人です。
やがて、Scarecrowというアルバムでアメリカの農民の問題に、音楽で関わっていくという「下から目線」の曲作りをしているようです。
やっぱり、下からきちんと見ようとする奴は残るよなぁ。

これも最近、あるドラマを観ていて、タイトルは内緒ですが、そのドラマの主人公が左官をしていて、まるで左官が最低の商売でもあるかのように描いているのが、非常に気になったことがありました。
建築現場で左官はなくてはならない仕事。馬鹿にすんなよ!!
じゃあ、何故そんなことが起きるのか?
それは、庶民を描くふりをしながら、作家本人が庶民の生活を見下ろしているからなんだよ。
つまり、ドラマ全体に漂う「上から目線」が気になり、ついに不愉快になったわけだ。
こんな所にも、描く視点の問題があるんだな。
ロッカー、John Mellencampは決して上から見下ろしてお終いにはしなかった。
だから、今も観たり聞いたりするのに値するわけだ。

このひとりのアメリカ人からも僕は学びます。

2009年5月12日火曜日

電信柱と夕焼け空

Photo by SORAIRO TELEGRAPH

電信柱っていうのは日本の原風景のひとつだと思います。

やがて、電線などはすべて地下ケーブルにまとめられて、電信柱そのものが姿を消す日が来るのでしょう。


喪失感というのは、かつて在ったことを知っているからこそ生まれる感情じゃないかな。

いつの日か見ることのなくなるこんな景色も心に留めておきたいものです。

正しく喪失感を持ちたいと思います。

知らんぷり、無視、黙殺は、したくない。

小さな記憶から、大きな物語が生まれることはあっても、

大きな記憶から小さな物語が生まれることはないと思う。

大きな、謂わば歴史の教科書になるような出来事は、小さな物語を隠してしまうから。

僕が興味があるのは、見えにくい、見落とされがちな、小さな物語。

夕陽のなかにたたずむ電信柱の物語。


電信柱はそんなことを僕に思わせます。

電信柱は、朝陽や昼間の光も良いけれど、夕陽がやっぱり一番似合うなぁ。。。

2009年5月11日月曜日

時代 - Like a Rolling Stone -

時代は確実に変わりながら、繰り返しているのに、なかなかそれを生々しく感じ取ることができない。

時代の変化とはそんなものだろう。

そして、流されまいと思っても、時代の波に飲み込まれ誰もが確実に流されている。

ただ、ひとつだけ、

流されていることに気がつく人間と気がつかない人間がいるだけだ。

今現在だけしか見ることができず、昨日にも明日にも関心が持てないとすれば、

それは、ただ流されているのである。

もし自分が何者かになったかのように思い、他人を冷笑しはじめたなら、

それは、知らぬ間に流されているのである。

この時代の変化に気づいていたいものだ。

確かに、転がる石のように時代は変わり、人はそれを後になってから、歴史と呼ぶ。

僕らは、歴史の登場人物であり、

時代の変化の目撃者であることを、忘れまい。

このままいつまでも同じ価値観の馬鹿げた時代が続くはずがない。

何でも貨幣に還元できると思い込んでいる時代が、いつまでも続くはずがない。

転がる石のように、次の時代、次の価値観が、すぐそこまで来ている。

さぁ、だから、転がり続けよう☆


2009年5月10日日曜日

公園の5月

昨日と今日は久しぶりの散歩ッス♪


井の頭公園。
人が多いねー!

でも、水辺をぐるりと歩くと、そこには昔ながらの風景を発見☆

近くで活動してるのに、最近はぐっと遠ざかっていた公園。
かつては、ここに毎日のように通っていた時期もある。
以前妻と行った公園内のレストラン、今度は家族で来よう!♪

☆上野火山☆

2009年5月9日土曜日

今日のどんぐり舎

久しぶりに西荻名物喫茶『どんぐり舎』にきています♪

お気に入りの酸味を頼みます☆

コーヒーが運ばれて来る前に携帯ブロガーしていますよ〜ん!


天気は晴れて、気温も上昇中!!
とにかく暑いッス。

なのにホットコーヒーが飲みたくなるんだよな。

この後で井の頭公園に行く予定。


久々にゆったりと時間を過ごしています。
腰の具合もだいぶ良くなったしね!♪


☆上野火山☆

青春


Blue Heartsは、後にハイロウズになり、今はザ・クロマニヨンズになりました。

彼らの創り出す音楽はパンクではありますが、決して破滅的な自己耽溺に終わってはいませんでした。
すでに四十を越えた彼らは、それでもなお「青春」を感じさせてくれる。
未だ大御所面が、彼らにはないからかもしれません。

人は年齢を重ねれば利口になるとは限らない。
人は若いからといって「純」だとも限らない。
人は年齢と共に愚かさを増すかもしれない。
人は若くして老人になってしまうかもしれない。

変わらぬ若い精神は、己の馬鹿の自覚と共に在る。
青春とは馬鹿そのもの。
日々の暮らしも、失敗と後悔の繰り返し。
それでも、決して倦むことなく、決して驕ることなく、生きていきたいものです。
人生とは、成熟に向かうその途上のことだから。




2009年5月8日金曜日

雨上がりの空に

さっき、雨が上がって、外から帰った妻が「すごいよぉ!」なんて言うもんだから、外に出てみるとびっくり☆

みごとな虹が地上から空へ伸びていました!

久々だな、こんな見事な虹。

虹の真下にいる人には、虹は見えない。

虹ってのは、実に希望に似ている。

遠くから見えても、最も近くの人にはその存在がわからない。

う〜ん、僕たちは、自分が常に虹のはしっこにいるって思っていた方がいいんじゃないかな。

At the end of the rainbow.

そう、そこに、希望はあるのかも。。。。

ふと、となりで虹を見つめる妻の横顔。


僕の虹は、そこにあった。


☆上野火山☆

ドブネズミみたいに美しくなりたい☆

写真・ブルーハーツ資料館より


昔、Blue Heartsというバンドがあって八十代の違和感を全身で表現していたのを憶えている。


「ドブネズミみたいに美しくなりたい。

写真には写らない美しさがあるから 。」(リンダリンダより)

言葉の力を失った時代に現れて、言葉を歌に託したバンドだった。


言葉の力って何だろう?

それは、恐らく信じたいという思いが言葉に力を与えるのだろう。

もし、何も信じたくなければ、たちまち冷笑と冷ややかな無視と無関心だけがあるだろう。

心を冷ますことなく、心を覚ましたい。

自分がドブネズミにすぎないことを悦びたい。

だからこそ、写真に写らない美しさを見つけたい。

そして、

その言葉を信じたい。

僕たちは、平凡なドブネズミにすぎない。

だから、人生は美しさで溢れているんだ☆


2009年5月7日木曜日

人生は祭りだ☆


ロックするとはなんだろう?

これはたえず自分に問いかけることだ。
というのも、単なる爆音がロックではないし、破滅へ向かうことがロックなのでもない。
斜に構えて世の中を小馬鹿にしながら生きることがロックではない。
悪ぶって、かっこつけるチャラチャラ野郎はロックではない。

ロックとは、己と向き合い、人生が祭りであることを、意識することだ☆

馬鹿みたいな自分だが、生きてて良かった!って思うことがロックだ!

ロックするってことはきつい。
自分の最もネガティブな部分と向き合うことになるから。
でも、
だからこそ、
ロックすれば、人生は、祭りになる☆
他人の視線より、己の視線が嬉しくなる。
他人の評価より、己の満足感が尺度になる。
己のために生きることが、いつか他人のためであったことに気がつく。
そして、
人は孤独であることに気づいたとき、はじめて優しくなれる。
ロックとは、祭りの準備さ☆☆
だから、人生は祭りなんだ!!!!




2009年5月6日水曜日

ざまーみやがれ☆これがロックだ!!!


清志郎の追悼はまだ続く!!!!!

チャラ男は消えな!!

タイマーズを聴こうぜ☆☆☆

そして、

明日が俺達に託されているんだってことを、

俺は笑いながら思うんだぜ☆イェイ

2009年5月5日火曜日

雨上がりの夜空に☆


僕が小屋に入って、みんなと芝居に熱中している間に、清志郎が死んだ。

渋谷で、僕が二十代の時、一度お会いしたことがある。

会ったのはその一度きり。

でも、彼の歌に勇気づけられた一人です。

ありがとう!!清志郎さん!!


芝居小屋で、3日目、千秋楽の日、清志郎をかけようということになりました。

客入れと客出しの曲はそれまでラモーンズでしたが、清志郎に急遽変更。

「雨上がりの夜空に」から舞台をはじめることになりました。

だから、

僕らの舞台『見わたすかぎりの青』は3日目だけ始まりと終わりの音楽が変わったのでした。

僕は八十年代を回顧する気持ちにはなれません。

それは、あまりにも現代につながる虚しさを生み出した時代だったから。

今の虚しさはあの時代から始まってるんだよ。

でも、その中で、清志郎は違っていた。

彼は、一時代前の七十年代の人であり、八十年代を謳歌した人ではありませんでした。

違和感の中で、メッセージを吐き続けたミュージシャンでした。

僕は忘れませんよ。

清志郎は永遠です。


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