誰も知らない:2004
是枝裕和監督による巣鴨児童置き去り事件をモチーフにした映画作品。
現実の事件は、もっともっと救いようのないやりきれない話でした。この映画でも、実母に置き去りにされた幼い兄弟の現実をリアルに抉り出すように描いていますが、現実は更に悲惨なものだったようです。
ですが、事実を元にしたフィクションだと言い切る作者の姿勢は、本当に潔いものなので、観る者はドキュメンタリーを観ているような錯覚から、やがていつの間にか創作された舞台へ入り込んでいくのです。その境目があまりにも見事に処理されているので、出来事の重さに目眩を覚えるようです。
捨てられた子供たちが生き抜くために如何に必死に戦ったのかが描かれているのですが、年長の子供たちは年長らしく、我慢や忍耐を覚え、泣かずに現実に対処していきます。いつの間にか子供であることなど忘れてしまったかのように。というのも、少年は母が家を出る日、朝方、布団から身体を起こし静かに泣く母を見るのです。母親の絶望を感じ取るので、途中、自分たちを放り出した母と会っても怒れないのです。子供はもう子供ではなくなっている。自分勝手な情けない大人たちより、責任を感じる大人になっている。それは、あまりにも過酷で悲しい現実です。
なのに、部屋に閉じこもっていることをやめた時、兄弟は近くの公園に行き、遊びます。
遊具で回転しながら見せるその表情があまりにも幼く、過酷な現実と落差があるので、公園のシーンは、この映画のもっとも幸福な瞬間の象徴になっているんです。
子供たちの表情を観るだけで、胸が熱くなってきます。
二段ベッドから落ちた末の幼い妹が亡くなります。
どうしたらいいのかわからない兄弟。主人公のお兄ちゃんは友達と供に都内を彷徨い、いつしか羽田のそばまで来てしまう。朝方、スコップで穴を掘り、妹を入れたトランクを埋めるのです。
朝陽が昇るころ、歩き、電車に乗り、家に戻ってきます。
このシーンは、二つ目の大きなヤマ場と言える部分です。
この場面の悲しみは、登場人物達に涙がないぶん、痛切に伝わる感情がある。
ここでも時間、場所、光、表情・・・そのすべてがこの作品のすべてを表している、そんな気さえします。
そしてラスト。
少年が一瞬振り向いた時、ストップモーションになるんです。
たぶん、この映画は科白の意味を聞き取る作品ではなく、登場人物の表情や温もりや匂いを感じるべき作品なのかもしれません。
少なくとも、僕は、子供たちの振る舞いだけで二時間過ごせたような気がします。
フィクションは時にノンフィクションを越えるんだ。
その時、実話は寓話になる。
リリカルとは、この映画のためにあるんじゃないかな。
『誰も知らない』外国向け予告編
『誰も知らない』
妹を埋めた後のシーン。涙のない痛切さがここにある。
妹を埋めた後のシーン。涙のない痛切さがここにある。
4 件のコメント:
実は今日、本当に偶然、この映画を見ていました。ところが、見ているうちに自分が今、扱っているケースと被っている点が多いことに気づいて、家に仕事を持ち込むようできつくなり、見るのを止めてしまいました。
こういうことは今もまだ現実に起きていて、子どもたちはギリギリのところで生きています。
親であるということは一つの重要な職業だ。 だがいまだかつて、子供のためにこの職業の適性検査が行われたことはない。
バーナード・ショーはかつてこのように述べたそうですが、子どもが子どもを生んでいるような現状が悲劇を生んでいるかと思うと仕事をしていて、いつも居たたまれない想いに駆られます。
コメントありがとう!
かつて、この映画の基になった事件を新聞で読み、やりきれない思いになったことを覚えています。
そして、生き残った子たちが施設に引き取られたというところまでは知っていましたが、勿論その後のことはプライベート故に知り得ません。今も元気なのだろうか?
実在した母親の子供を置き去りにし、男の元へ走った経緯は実際無責任きわまりないし、生活費すら渡すことがないのに、子供たちがどう生活するのか思い至らない想像力のなさに戦慄を覚えたものでした。
ですが、それもいつの間にかよくある風景へと変わっていきました。育児放棄、並びに家庭内暴力は実際に表に出るより遥かに実数は多いのでしょう。
君の引用するバーナード・ショーの言葉通り、大人や親の資格試験はないんですから。
誰でも、親にはなれる。でも、その責任となると話は別。それは僕自身にたえず突きつけられている問題だと思っています。
この映画は、本当にきつい映画ですが、美しい。
その美しさを知るためにも、いずれ、心に余裕のあるときにでも最後まで観てください。
これは人が言っているより遥かに傑作ですよ。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/nisisugamo.htm
上のリンク先に事件の顛末と判決が書いてあります。
>その美しさを知るためにも、いずれ、心に余裕のあるときにでも最後まで観てください。
そうですね。今は教育現場なので医療現場など、現場が変わったり、ケースが一段楽したら見直してみたいと思います。
痛ましい事件といえば、「酒鬼薔薇事件を彷彿とさせるような少年が社会に出てきたら」ということを髣髴とさせるような映画『BOY A』という映画を先日、見ました。
少年犯罪やそれを報道するメディアの害悪など色んなことを考えさせられました。もしご覧になっていないようでしたら、お時間のある時にでもご覧下さい。
ありがとう!
『BOY A』、非常に興味があります。ぜひ観てみたいと思います。
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