それは、言い換えれば、自由の名の下に我々が一握りの金融資本の手に、すべてを押さえられてしまっている世界、ということなのだ。
堤未果:『ルポ 貧困大国アメリカ(岩波新書 2008)』
この本を先日購入。とてもまとまった良くできた本でした。すばらしい!!!
宮台真司氏は「新自由主義」の安易な批判はその批判だけで満足し終わるムードが思考停止を生む、だからこそ、自分は真の意味で新自由主義者である、と述べていますが、確かに彼は新自由主義者なのだと思います。それは特権的なエリートによる支配的な世界を志向するという意味で、まさに新自由主義者であると言えるだろうと思います。
だから、彼には本質的な問題は決して口に出すことはできないのだ。彼は、一人のエスタブリッシメントであり、確かに向こう側の人間なんだろうな。
当たり前のことだが、民営化や規制緩和にはその領域と限度がある。
今の風潮は民営化と規制緩和に反対すると、自動的に民主主義に反対していることになるらしい。そうではないのだ。最低でも健康保険や医療を代表とする「生存権」をはじめとして、教育、生活の基本的な部分は決して民営化してはならない部分である。国家が責任を持つという社会主義的な政策を完全になくしてしまっていいはずがない。
民主主義がイコール資本主義ではない。同時に社会主義がイコール共産主義ではないだろう。国家もしくは政府が責任を果たすべき仕事がある、ということを、私有財産の収奪をめざす共産主義であるとは言わないだろう。それはまったく違う話である。
国家が小さくなりすぎず、国民の権利を保障することのどこがまずいのだろう?
ある程度大きな政府で、社会主義的な介入があっても、それがひとっ飛びに共産へ向かうわけではない。国民の生活と命に関わる部分は逆に社会主義的でなければならないのである。
むしろ、困った問題は、民主化したことになっているロシアや、中国共産党のように、市場原理を都合のいい形で利用し民衆から一部のエスタブリッシメントが利益を奪いさる構図である。
イデオロギーのまったく違うはずのアメリカと、利害が完全に一致して見えるのも、この点なのである。
そして、今、この国もそれらに近づいている。
アメリカに近づき、中国に近づき、ロシアに近づき、朝鮮半島に近づく。それは果たして、本当に「友愛」なのだろうか?「平和」ということなのだろうか?
世界中が、今、おぞましい一部の国際資本によって搾取されるという、本物の恐怖にさらされているのだと思う。
あらゆる分野で、見た目とは違う逆転が起こっている。表面と内容が完全に矛盾し逆転しているのだ。
つまり、戦争一つ取ってみても、かつてのような徴兵制などもうしないだろう。むしろ、志願せざるを得ない状況を作りだしているのだから。争い傷つけあうように仕向けられているのである。
選択肢が狭められていることに気がつきたいものである。
視点・論点 「貧困大国の未来」 堤未果
とてもいいお話しです。本とあわせてお聞き下さい。
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