2009年1月13日火曜日

水鉄砲


暖かい日差しの中、ベランダに出ると、昔子供たちが遊んでいた水鉄砲が転がっていました。
先日の強い風で隅の方にあったのが転がってきたのかも。
僕も水鉄砲が好きだったな。
夢中になって水のかけっこをしてたのを思い出します。
子供たちもいつの間にか大きくなり、やがて大人になります。
大人になるのを嫌がる人も時々おりますが、立派に大人になりたいものです。
それでも、かつては皆子供だったんだな。
プラスチックのこんなちっぽけなもので何時間も遊べた子供だったことを忘れまい。
そして、今は、芝居で遊んでいることを忘れまい。

僕らは、みんな、この地球の子供だ。

2009年1月11日日曜日

さよなら こんにちは


’70年代初頭に観たテレビドラマに『さよなら こんにちは』という作品がありました。
下落合の古い家が取り壊され、一家が離散していくまでを静かに優しく描いていたと思います。
今はもうそのビデオすら局(日テレ?)に残っていないそうですが、忘れられないドラマのひとつです。
番組の中に何度も登場する坂道と陽の沈む夕暮れの東京の風景。
遠い岩手で暮らしていた僕は想像をかきたてられ、東京の暮らしに様々思いをはせた記憶があります。

先日中央線のホームから沈む太陽を見て「さよなら こんにちは」を思い出してしまいました。
人生は、さよなら こんにちはの連続ですね。
この世には様々な絶望があり、様々な希望があります。
ただひとつ言えることは、深い絶望を体験しなければ、希望の萌芽はないということ。
「さよなら」を体験しなければ、「こんにちは」は永久にやってこないのだ、と僕は思います。
沈む太陽を見る度に、昇る太陽を夢見ます。

去年から随分チョムスキーとハワード・ジンを読みましたが、この世界の絶望的な状況に今更ながら愕然とします。それは遠い地球の向こう側のお話ではなく、今ここにその絶望的状況が広がっているのだと。チョムスキーは誰も語ることのない小さな事実を表に出すことが仕事だと言います。ジンは誰もが気づこうとしない歴史の側面を露わにしたいと語ります。
ならば、僕は僕でなければ誰も語ることのない物語を話さなければならない。たとえエゴイストのレッテルを貼られようと、僕は僕の物語をお話ししたいと思います。きっとそれが僕以外の誰かの物語と重なるはずだから。そして、その物語こそが、絶望を希望に変える力を持つと信じているから。

だから今日も、さよなら こんにちは。

2009年1月5日月曜日

ミーちゃん



西荻名物のノラ猫の「ミーちゃん」です。
喫茶店ダンテの前で日向ぼっこ中。
西荻ってのは不思議な空間だな。

2009年1月4日日曜日

路地裏


今日は五月の公演に出演する俳優とモデルになった西荻窪のアパート跡を訪ねてみました。
羽目板張りの昔ながらの塀の細い路地裏にその建物が姿を変えて建っておりました。
この細い路地を、三十年前の僕は何度も往復し、泣き、怒り、そして笑って暮らしていたのだなぁ、と今更ながら思います。
その頃はまだ生まれていなかった若い俳優と、共に同じ空間を共有しているのが不思議な感じです。
恐らく、共感とは時代も場所も越えて在り得るのでしょう。
むしろ、その時代を生きた人間の方こそ、簡単に忘れ、共感を失ってしまうことがあるような気がします。
意識的にならねばなりません。
それは僕自身、記憶喪失の裡に暮らす可能性があるからです。
あの路地裏から始まったことを忘れまい。

2009年1月2日金曜日

並木道


家族と初詣に行ってきました。
近所の神社に向かう途中、並木道を通ります。
冬です。
木々の葉は散り裸の並木が並んでおりました。
人通りのない道に並んで立つ木々の姿に、凛とした風情を感じてスナップを一枚。
またこの道も明日から人の通りも多くなり、やがて日常に戻っていくでしょう。
ほんの数日の冬の休日。
アスファルトの地面のほんのわずかな土の上に、木々は立ち続け、季節を越えていくのでしょう。

死はやがてあらゆるものに訪れる祝祭。
生はやがてくる死に至るまでの夢。

ならば、あの木々のように凛として寒空の中に立ち続けることを選びたい。
この与えられた生を、ひとときの夢として楽しみたいから。
夢がリアルだと信じたいから。

2009年1月1日木曜日

青空と一緒に


いろいろなことがあった2008年が終わり、今日から2009年が始まります。
ベランダから空を見上げると、一羽のカラスと二羽の鳩が飛んでいました。
そして、青空に雲がぽっかり浮かんでおりました。
日々の暮らしの中には様々な象徴が隠されているようです。
ただ、それに気がつくか、気がつかないかの差で今日の日は決まってくるのだと思います。
今を見据えるということは、時に厳しいものですが、決して自分自身の眼差すものを無視せずに生きていきたいものです。
ごまかすこと、言い訳すること、責任を他人に押しつけること、身の不遇を託つ怠惰に陥ること、この全ては、自分自身の人生のドラマを、自ら台無しにすることと肝に銘じたいと思います。
自分自身の関わる事柄は、全て自分自身の責任だと思います。
今日もまた引き受けましょう。
すべてを。
あの青空と一緒に。

2008年12月14日日曜日

雨の向こうから


午前中降り続いた雨があがり、ベランダに出てみると、雲の間から一条の光が射していました。

僕の人生も中盤を過ぎ、これから先、更にどんな展開が待っているのかと思うとわくわくします。
日々の暮らしは、いつも青空というわけにはいきません。
が、いつも曇りや雨というわけでもありませんね。
きっと、奇跡は雲間から射す一条の光のように不意に姿を現すのでしょう。
ポール・オースターではありませんが、期待しないときにこそ奇跡は起こる。
今を目一杯生きること。
今に責任を持ち、果たすこと。
今を夢中で駆け抜けること。
今に感謝すること。

幸福は雨上がりの雲間から射す光そのものですね。
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