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2007年9月19日水曜日

虫の声、夜


夏の残り香がいつまで続くのかと思っていたら、
夜、虫たちが鳴き始めていることに気づいた。
季節は、不意に変わるのである。
そして、一旦変わってしまえば、前の季節を思い出すことが難しい。
思い出せない季節を思うとき、人は今この瞬間しか生きることができないのだと強く感じる。

虫の声はどれほど大きくても雑音ではないらしい。
蝉の声も、考えてみれば、あれほど喧しく聞こえていても、決して思考が中断されるということはなかった。
波の音がうるさくて、海辺で眠ることができない人がいると聞くが、幹線道路の車の騒音の方が子守唄になるのだろうか。
どうも本来は人間の作り出す人工の騒音と自然環境の作り出す騒音は、違う性質のものらしい。
自然環境は人間精神の邪魔をしない。
人工物は、人間精神を疲弊させる。
だからといって、人工物から遠く離れて暮らすことなどできるはずもない。

記憶が尊いと思えるのはそんな瞬間だ。

遠いあの日、田舎の家で夜眠っていると、虫や蛙の声がたえず周囲を覆っていたのだ。
その記憶が、雑踏を歩くときも、挫けることのない僕を産み出してくれていたのだと、つくづく思う。
それは懐かしいというのでもない。
それは美しいというのでもない。

それは世界なのだと感じさせてくれているのだ。
この球体の世界を。
僕の生きる世界を。

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