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2007年9月15日土曜日

80’sを遠く離れて

八十年代を二十代で過ごしたが、今思えば時代に合わせることができず、僕にとっては苦しい時代だったような気がする。
バブル全盛期。ポストモダン花盛りで、意味が次々と解体されていった。
軽佻浮薄が尊ばれ、如何に無意味に生きるかが問われていた時代。
確かに、先立つ世代から顰蹙を買うことが重んじられた時代だったような気がしてならない。
芝居は常に笑い笑い笑い。如何に笑えるかがすべて。しかし、喜劇というのでもない。
如何に無意味でいられるか、如何に馬鹿馬鹿しい存在でいられるか、如何に吐いた言葉に言質を取られないようにするか、如何に言葉遊びを巧みにやるか。
必死であることや、真剣であることは馬鹿のすること。笑いの種にしかならない。
そんな時代。それが八十年代だった。

先日、親しくしている友人の田中和生さんの評論を読む機会があった。
文学界・十月号に載った彼のエッセーは『ポストモダンを超えて』と題されている。
高橋源一郎に対する反論という体裁で書かれてあったが、僕は若き文芸評論家として、彼の現代に対する矜持を感じた。
言葉が暴力であり嘘をつくというポストモダンの持つ前提は確かに正しい。
しかし、言葉は暴力以外の装置にもなりうる。時には人を慈しむものにもなりうるのである。
ポストモダンの存在意義は、二十年という歳月の中で常識に堕し、頑なな不寛容になり果てているのかもしれない。
その意味で今この時期に、彼がこうした小さいけれども強力な論を展開してくれたことに心から感謝しているのである。なぜなら、時代は今、静かに変わりはじめているからである。

八十年代を通過した者にとって、あの時代から二十数年がたち、今時代が大きくシフトしているのだと感じずにはいられない。
時代は確実にポストーポストモダンに入りつつある。
それは、複雑なものは複雑なままに、そして単純なものは単純に受けとめつつ、それらを味わい自らの糧にすることを良しとする時代だ。それは「完全に何も信じられない」現実から生じる感覚だろう。勿論それはこの世界のある一部での話ではあるのだけれど。だからこそ、徹底的に何もかもが信じられないからこそ、言葉の暴力性と同時に言葉の別の側面も想像し受けとめることのできる時代。

世界は明らかに拝金主義と利害関係の中でグズグズに腐り果てはじめているけれど、同時に個人の内部では、これまでなかったほどの静けさと落ち着きのある時代でもあるかもしれないのである。引き籠もりも、良い意味でこの表れかもしれない。この時代は一見表面的な繁栄に隠されてはいるが、戦時中に劣らぬほど不幸な時代でもある。外国との交戦こそないが、日常ではそこら中で心理戦が行われ、人々は疲弊しきっている。
だが、不幸な時代ほど、人は本質的になれるのも事実だろう。
それはパラドックスかもしれないが、この時代はまぎれもなくそのパラドックスを内包しているのだと思う。
心理戦から降り、愚か者として生きること。本質はそこにある。

だから、僕は諦めない。
知性は複雑なものを単純に、単純なものを複雑にしていく傾向がある。いや寧ろ、その傾向こそが知性と呼ばれるものの正体かもしれない。
だが、この時代の中で、複雑さは複雑そのものとして、単純さは単純そのものとして、まるであたかも八十年代であれば愚か者と呼ばれたであろう存在として、ますます生きていきたいと僕は願う。

80’sは確かにひとつの蜃気楼であった。

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