上野火山 Official Blog
Copyright © Kazan UENO 2005-2019 All Rights Reserved.
Pages
(移動先: ...)
Blog
最新公演 & LIVE 情報
Official"Twitter''
Official Web Site
ワークショップについて
▼
2006年6月29日木曜日
Joe Cockerを聴きながら
›
雨が降り続いていた。 窓に降りかかる雨粒が音もなく流れ落ちるのを、僕は見ている。 30年も前に聴いていた懐かしい歌声を聴いている。 Joe Cocker。 もう六十をとうに過ぎたロッカーだ。あのしわがれた絞り出すような声は健在だった。 かつてラジオに耳を擦りつけるようにして聴...
2006年6月24日土曜日
腹八分目なんだな
›
とにかく腹一杯飯を食わないと機嫌が悪くなる僕である。 この性格のおかげで、いままで幾度となく馬鹿みたいに不機嫌になったものだ。 だが、最近、腹八分目の喜びを知り始めた。 焼き魚と青菜のおひたし、そして納豆かなんかがあって、熱い豆腐の味噌汁に切りたての葱が...
雨降りのあいまに
›
六月の雨のあいまに、太陽がひょっこり顔を出すときがある。 人生というのは不思議なもので、予測とは異なる展開をしているにもかかわらず、後になって様々な小さな出来事の、その意味に気づかされる。 それはまるで雨の降り続く梅雨の季節に射す光のようだ。 陽光のまぶ...
2006年6月12日月曜日
世界は陽の出をまっている!
›
感動という言葉の持つ意味が「浅薄で軽々しく」なっているらしい。 確かに、今の世の感動のなんという薄っぺらさよ。 シニシズムの反対の際にありそうな「感動」もまた、病の兆候を帯びているようだ。 感動とは「痛切」なものだ。決して、単なる心の浄化というわけにはい...
僕らのいる場所
›
僕らはどこにいるのだろう。 場所。空間。集団。組織・・・。 だが、僕らは決してどこにも所属することがないのである。 生活の基本単位であるのはずの家庭ですら不変の場所にはなり得ないのだ。 僕らの祖先から繋がる家族を想像してみる。 祖父母の時代、父母の時代、そ...
2006年5月23日火曜日
遠い夜明け
›
幕末の志士たちは、夜明けを待っていた。 ずっと昔、遠くの空を彼らは眺め、自分たちの置かれた環境を変え、現状を乗り越えようと必死だった。若い彼らには、誇るべきものも確実なものも何一つなかった。あるのはただ今を越えていこうとする意志だけだった。もちろん、こ...
2005年12月22日木曜日
サンクチュアリ
›
家のすぐ近所にある中央公園に、「バード・サンクチュアリ」というこんもりと木の生い茂った場所がある。「鳥獣の保護区」という意味なのだろう。鳥たちやリスがたくさん集まってくる。 だが、僕にとってそこはひとつの小さな「聖域」そして、「墓」である。 生まれてま...
1 件のコメント:
‹
›
ホーム
ウェブ バージョンを表示