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2011年4月6日水曜日

ベルファストからの手紙

青山学院大学教授でアイルランド詩を講ずる高校時代の友人・佐藤亨君からメールを頂いた。
遠くアイルランドはベルファストの地から送られてきたこのメールは、この困難な時代にあって僕を励ますに余りあるものでした。
前の記事で僕は集団ではなく個人で戦う、と書いた。
それは個人の記憶ほど力強いものはないと思うからだ。一人より二人、二人より三人と誰もが思う。まさに数の力が何にも勝ると僕らは教え込まれてきたように思う。
だが、僕はその論理を拒絶する。
僕はどうしょうもない「孤」若しくは「個」から始めようと思う。
それはきっとあらゆる人に共通の小さなかけがえのない出来事と「共鳴」し合うはずだと確信するからである。
スクラムを組むのではない。共鳴し合うのだよ。
君も僕も、実は「同時代人」なんだよ。それを忘れてはならない。

佐藤亨君の許可を得て、ここにメールをアップさせて頂きます。ありがとう☆


ベルファストより

メールをありがとう。

4月1日にベルファストに入りました。
受け入れ先の先生と会ったり、友人を訪ねたり、
そして今日はアパート探し。
いよいよ、ベルファスト暮らしが始まりました。

といっても、東京とか一関とか、そういう「場」を引き連れての生活です。
この期に及んで、単純な「海外生活」などできやしません。
そういうことに興味もありません。

さて、宮沢賢治センター通信のエッセイ拝読しました。
たぶん、佐藤旅館の「トッチ」のお兄さんのことに触れた文章だと思います。

読みながら、涙が出てきました。
「コイッツァン」(小岩魚屋の外回り専門の従業員です)とか、
トッチのお兄さんとか、まるで、フェリーニの『アマルコルド』に出てくるような人たちこそ、
われわれを育ててくれました。
トッチのお兄さんはいつも見守ってくれていました。

上手く言えませんが、僕がベルファストで探しているものも、
そういうエキスなのかもしれません。

尚一君よ、今度の大震災で岩手の半分は失われました。
海岸地方のことです。右側の肺をえぐられたような気持ちです。
犠牲者のなかには菅野利夫やその奥さんもいるし・・・。
まさかこんなことが自分の生きているときに起こるとは思いませんでした。
「ヤマ汽車」もだいぶ被害を受けたらしい。

悲しいです。
合掌しつつ、ベルファストで新しい生活を送るつもりです。

こういう悲しい気持ちは、たぶん、文章を通して表すしかないのでしょう。
微力ながら、やろうとおもいます。

劇、見に行けなくて残念ですが、
がんばってください。

佐藤 亨

注※「菅野君」は僕らの高校の仲間でした。一緒に浪人し彼は早稲田大学へ行きました。
ご冥福をお祈りいたします。
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佐藤亨 著
『北アイルランドとミューラル』水声社



 この本はアイルランドの町中に出現するミューラル(壁絵)から人々の個人的な暮らしの中の歴史を読み取ろうとする試みだ。
ぜひ読んで欲しい☆

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