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2009年3月21日土曜日

ケルアックの詩と朗読

詩は目で読むものではなく、耳で聴くものだということを教えてくれたのは、アレン・ギンズバーグだった。
二十代の時、ギンズバーグの詩の朗読会に友人といった時、詩というものに僕は少しばかり開眼したように思う。

ここに三つの映像作品がある。
とても興味深く、そしてとても面白い作品。

ひとつめは、ウッディー・アレン監督の名作『Manhattan』の冒頭の映像に、Jack Kerouac 自身の「路上にて」の朗読が被さっている作品。
これがめちゃめちゃぴったりなんですね。
[Jack Kerouac - Woody Allen' s Manhattan. Kerouac reading Visions of Cody & On the Road to Steve Allen's jazz piano, & the opening to Woody Allen's 1979 masterpiece, Manhattan. Buy the Woody Allen DVDs, and also the Kerouac books & CDs / DVDs.]



次は、ジョニー・デップによって引用され、朗読されるケルアック。
ケルアックの普遍性がわかるな。
ジョニー・デップはすでにケルアックの世界の住人。
詩と演劇と音楽の境目は最早なくなっている。

Jack Kerouac - (Johnny Depp)


そして最後に、Jack Kerouac に捧げられたトリビュートビデオ☆



詩と演劇と音楽は、実は同じ現象の異なった現れ方なのではないか、と思っている。
この三つを完全に区別して扱うことに、僕は元々抵抗感があるんです。
区別できない、むしろ融合したもの。
そして、眼で聞き、耳で見て、全身で感じるのがいい。
これらの不思議な映像作品が伝えているのは、そんな自由への意志だろう。
それこそ、ケルアックの残したものだ。

僕はやっぱり、Jack Kerouac が大好きだ!!

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