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2009年3月14日土曜日

旅の重さ


「ママ、びっくりしないで、泣かないで、落付いてね。そう、わたしは旅にでたの。ただの家出じやないの、旅にでたのよ。四国遍路のように海辺づたいに四国をぐるりと旅しようと思ってでてきたの。さわがないで。さわがないでね、ママ。いいえ、ママはそんな人ではないわね。」

「布団の上に寝ないで、大地の上に寝るってことが、どんなに素晴らしいか。
私は今まで、ロウソクの炎が美しいってことは知ってたわ、でも、あの炎を吹き消したあとの、匂いも素晴らしいってことを、初めて知ったの。
ママ。おやすみなさい。」
                                   素九鬼子「旅の重さ」より (筑摩書房/1972年)

ああ、古臭いとか野暮ったいとか、いろんな言われ方をしても、素晴らしい映画は必ず人の記憶に刻み込まれるようにして残る。
そして、好きな映画は語りたくてたまらなくなる。
映画「旅の重さ」もそうした作品の一篇です。

原作者の素九鬼子さんは覆面作家。いまだにどこにいらっしゃるかもわかりません。しかも、作品の全てが今や絶版です。この方の「大地の子守唄」も映画になり、傑作ですよ。
でも、
作品は決して忘れられることはないと思うよ。古本屋で見つけましょう。その価値は充分にあるから。
映画は斉藤耕一監督作品です。この方の「約束」というショーケンのデビュー作もよかったな。

日本の「路上にて」だよ、「旅の重さ」は。
主人公の十八歳の少女の瑞々しいモノローグで展開する物語は、けっして原作を裏切らないものでした。むしろ原作と同じ価値を持つ珍しい小説の映画化作品だと思います。そして、冒頭の四国の緑の風景と、それに重なる吉田拓郎の「今日までそして明日から」は作品のリリカルさを見事に伝えていました。
緑で始まった物語のラストは、モノクロのスティル写真のコラージュで終わるんです。
その写真の中で、少女は旅の途中で出会った男と一緒にリヤカーを押しています。
どの顔も笑顔です。
白い歯がこぼれるような笑顔。
そして、額から汗が流れ落ちる。
こんな汗の価値を僕らはいつの間にか失ってはいませんか?
こんな笑顔と汗を拭う姿を、遠くから嘲笑うようになってはいませんか?

日本の風俗の変化はそれにしても早く慌ただしいものだから、ともすると、古いものは、イコール時代遅れのような感じを持つものですが、それは明らかに間違っている。
温故知新ですよ。
古きを温ねて、新しきを知るです。

良いものを簡単に忘れないで生きていきたいものです。


映画『旅の重さ』予告編

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