教室から出ると、窓の外に夜のキャンパス!
なかなかよい眺め。
またしばらくキャンパスから離れますが、授業再開が楽しみです☆
またどんな出会いが待っているのだろう?
二年前の卒業生と、先日再会。漫画の原作者として己の道を切り開きつつあるようです。
楽しみだなあ〜。人生ホントに捨てたもんじゃありません。
いろんな別れと出会いの季節がまた巡ってきたようです。
☆上野火山☆
またどんな出会いが待っているのだろう?
二年前の卒業生と、先日再会。漫画の原作者として己の道を切り開きつつあるようです。
楽しみだなあ〜。人生ホントに捨てたもんじゃありません。
いろんな別れと出会いの季節がまた巡ってきたようです。
☆上野火山☆
It ain't no use to sit and wonder why, babe
It don't matter, anyhow
An' it ain't no use to sit and wonder why, babe
If you don't know by now
When your rooster crows at the break of dawn
Look out your window and I'll be gone
You're the reason I'm trav'lin' on
Don't think twice, it's all right
It ain't no use in turnin' on your light, babe
That light I never knowed
An' it ain't no use in turnin' on your light, babe
I'm on the dark side of the road
Still I wish there was somethin' you would do or say
To try and make me change my mind and stay
We never did too much talkin' anyway
So don't think twice, it's all right
It ain't no use in callin' out my name, gal
Like you never did before
It ain't no use in callin' out my name, gal
I can't hear you any more
I'm a-thinkin' and a-wond'rin' all the way down the road
I once loved a woman, a child I'm told
I give her my heart but she wanted my soul
But don't think twice, it's all right
I'm walkin' down that long, lonesome road, babe
Where I'm bound, I can't tell
But goodbye's too good a word, gal
So I'll just say fare thee well
I ain't sayin' you treated me unkind
You could have done better but I don't mind
You just kinda wasted my precious time
But don't think twice, it's all right
Copyright ©1963; renewed 1991 Special Rider Music
昨日と今日の違いには過ぎないけれど、それでも心機一転、すべてを再開させる契機にはなる。
だから、新たな年を新たに始めようと思います。
悠々として、急ごう!
☆上野火山☆
今年は本当にいろんなことがありましたが、その中でも大きな出来事は、様々な再会でした。
きっと個人的にも時代的にも大きな転換点にいるのだと思います。
自分自身の来し方行く末をしっかりと受け止め、見つめたいと思います。
おっと、年越しそばの準備ができたようです!
また、来年☆
皆さん、良いお年を!
☆上野火山☆
先日、わが家の子どもたちが、本の整理をしました。
懐かしい絵本の数々に時間も忘れて見入ってしまいました。
でも、新しい本を収納するには、外へ出さないといけない。そこで自転車こいで近所のお馴染みの図書館へ運んで引き取ってもらったのでした。
お別れしても大好きな本と図書館で会えるので、子どもは大喜び☆
そして、数日経った今日、わが家のポストにこんな手紙が、
「きれいなよい本をたくさん
ありがとうございました。
中の一冊に大切なものがはさまっていたので
お返し致します。」
大切なもの。
それは、
四つ葉のクローバーでした。
ありがとうございます☆
☆上野火山☆
現在仕事中。
窓の外は今日も気持ちよい青空です☆
頭によぎるあれこれを、ちょっと書いてみますね。
先日、テレビで「良質な番組(ドラマ)を観たければ、CS(有料放送)を観なさい」と、ある司会者が述べていました。まるで、ジョージ・オーウェルの登場人物のようでした。
民放と言えども、CMによって消費行動が伴うので、決して無料(ただ)の放送を視聴しているというわけではありません。ましてや日本放送協会の放送は、昨今企業の宣伝を巧みに埋め込んだニュースを朝から晩まで流しているように思えるのは僕だけでしょうか?すなわち、視聴する料金を支払った上で更にCMを擦り込まれているという状況です。
その上で、更に良質の番組を視聴するために別立てで課金されるんですね。
どこまでお金を払えばいいのだろう。観なけりゃ払う必要はないよという声が聞こえてきそうです。勿論、必要のないものは観ませんが、民放のCS放送の方が良質だとしたら、その他一般の番組は「手抜きです」って言ってるようなもんじゃないですか?ですよね?
実に不思議なことです。こうして僕らはたえず消費行動に駆り立てられているんでしょうね。
宮台の言った「まったり生きろ」というのは、まさにこのことだったのだな、とあらためて思います。
というわけで、今、世界のあらゆる部分で、市場経済の思想が行き渡り、国民であれ市民であれ、町民であれ村民であれ、小さな部族の一員であれ、全ての人は押し並べて「消費者」になってしまいました。
良いサービスを受けたいのなら、それ相応の料金を支払わなければなりません。当然です。
ですが、情報に対するアクセスや、最低限の基礎教育や、必要最低限の生活のインフラ、乃至はライフラインの確保、といったものは、消費行動などではなく、生活の基盤です。
しかしながら、食物の供給からはじまって、生活の細部にわたって今や市場経済の市場の競争というやつに人々はつきあわされ、右往左往しているだけのようです。
我々は今や選んではいません。与えられるのを待っているだけです。なぜなら、それこそが消費者の望ましい消費行動なのですから。
消費行動の中に「格差」が見え隠れするのです。
人は常に「差異」を抱えて生きている。
しかし、その差異を格差とは呼びません。格差は「消費社会構造」に特有のヒエラルキーのことでしょう。勝ち組み負け組という価値観は、芸術や文化には本来基本的には存在しないものですが、そうした分野にさえも「消費社会」が入り込んでくると、途端に芸術や文化の勝ち組み負け組が生まれてきます。たとえば、どこかの密林の奥地にいる部族の芸術作品と、ヨーロッパのルネサンス期の芸術作品と比べて、どちらがより勝っているなどと誰が言うことができますか?
にもかかわらず、「市場原理」の基づいた「消費社会」では、「売れる方が勝ち」ということになる。格差とは、たかがそんなものです。そろそろ目を覚ましたいものですね。
競争は素晴らしい人間生活の活力を生み出すエンジン部分です。競争なくして何も生まれません。
しかし、市場経済プラス消費社会という尺度で過度の競争を生みだし煽るのは、狂気の沙汰ではないでしょうか。
人を「消費者」としか観なくなったとき、ドラマに携わる人間にとって、真の観客、すなわち「共感を通して見守る観客」を失うのだということを肝に銘じておきたいと思います。
僕は「消費者」である前にまずは人生の「観客」、「買う者」ではなく「味わう者」、でありたいと思います。